エレミヤ32:26 主の言葉がエレミヤに臨んだ。
32:27 「見よ、わたしは生きとし生けるものの神、主である。わたしの力の及ばないことが、ひとつでもあるだろうか。
32:28 それゆえ、主はこう言われる。わたしはこの都をカルデア人の手に、またバビロンの王ネブカドレツァルの手に渡す。王はこの都を占領する。
32:29 この都を攻撃しているカルデア人が突入し、火を放って焼き払う。屋上でバアルに香をたき、また他の神々に酒を供えて、わたしを怒らせた多くの家を焼き払う。
32:30 その初めから、イスラエルの人々とユダの人々は、わが前に悪のみを行ってきた。実にイスラエルの人々は、その手の業によって甚だしくわたしを怒らせてきた、と主は言われる。
32:31 この都は、建てられた日から今日に至るまで、わたしを怒らせ憤らせてきたので、これをわたしの前から取り除く。
32:32 イスラエルの人々、ユダの人々が犯して、わたしを怒らせたそのすべての悪事のゆえである。王、高官、祭司、預言者、ユダの人々、エルサレムの住民、皆同罪である。
32:33 彼らはわたしに背を向け、顔を向けようとしなかった。わたしは繰り返し教え諭したが、聞こうとせず、戒めを受け入れようとはしなかった。
32:34 彼らは忌むべき偶像を置いて、わたしの名で呼ばれる神殿を汚し、
32:35 ベン・ヒノムの谷に、バアルの聖なる高台を建て、息子、娘たちをモレクにささげた。しかし、わたしはこのようなことを命じたことはないし、ユダの人々が、この忌むべき行いによって、罪に陥るなどとは思ってもみなかった。」
32:36 しかし今や、お前たちがバビロンの王、剣、飢饉、疫病に渡されてしまったと言っている、この都について、イスラエルの神、主はこう言われる。
32:37 「かつてわたしが大いに怒り、憤り、激怒して、追い払った国々から彼らを集め、この場所に帰らせ、安らかに住まわせる。
32:38 彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。
32:39 わたしは彼らに一つの心、一つの道を与えて常にわたしに従わせる。それが、彼ら自身とその子孫にとって幸いとなる。
32:40 わたしは、彼らと永遠の契約を結び、彼らの子孫に恵みを与えてやまない。またわたしに従う心を彼らに与え、わたしから離れることのないようにする。
32:41 わたしは彼らに恵みを与えることを喜びとし、心と思いを込めて確かに彼らをこの土地に植える。
32:42 まことに、主はこう言われる。かつて、この民にこの大きな災いをくだしたが、今や、彼らに約束したとおり、あらゆる恵みを与える。
32:43 この国で、人々はまた畑を買うようになる。それは今、カルデア人の手に渡って人も獣も住まない荒れ地になる、とお前たちが言っているこの国においてである。
32:44 人々は銀を支払い、証書を作成して、封印をし、証人を立てて、ベニヤミン族の所領や、エルサレムの周辺、ユダの町々、山あいの町々、シェフェラの町々、ネゲブの町々で畑を買うようになる。わたしが彼らの繁栄を回復するからである、と主は言われる。」
イスラエルにもたらされる裁きは、神に背き、偶像の神々を礼拝する生き方を続けてきたことによる。
主なる神様は、これを排斥し、そして、後の日には、イスラエルを平和の民として復興することが約束されるのである。
このような事柄は、イスラエルの歴史の中に現された事であるが、我々一人一人の人間にとっても教訓として語られているものであると言えるだろう。
つまり、我々一人一人の人間も、神の目的に従って創られ、生かされている存在であり、その目的を見失い、己の欲望や都合を優先するだけの人生を送っている限り、自ら裁きを招くようなものであると言えるのだろう。
しかし、目的を逸脱して歩んでいたような我々を神は救い、神が創られた人間本来の生き方へと導こうとしておられるのであり、それが「救い」ということなのだろう。
イスラエルの民は、なぜ地上にあるあまたの民の中から選ばれ、導かれてきたのか、地上の全ての種族に神の恵みと救いを伝えるためであろう。
出エジプト19:5 今、もしわたしの声に聞き従いわたしの契約を守るならばあなたたちはすべての民の間にあってわたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。
19:6 あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。これが、イスラエルの人々に語るべき言葉である。」
神はイスラエルを祭司の民として、全ての種族に福音を宣べ伝える務めに選ばれたのであり、それが「宝の民」たりうる所以である。
我々も、そのような使命に任ぜられるために、今日、神は我々を選び、用いようとしておられるのだろう。