エレミヤ31章23~40節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

※先週間違って今週のテキストを投稿してしまったので、今週は先週の日付のところで投稿しています。

エレミヤ31:23 イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしが彼らの繁栄を回復するとき、ユダとその町々で人々は、再びこの言葉を言うであろう。「正義の住まうところ、聖所の山よ主があなたを祝福されるように。」
31:24 ユダとそのすべての町の民がそこに共に住む。農民も、群れを導く人々も。
31:25 わたしは疲れた魂を潤し、衰えた魂に力を満たす。
31:26 ここで、わたしは目覚めて、見回した。それはわたしにとって、楽しい眠りであった。
31:27 見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家に、人の種と動物の種を蒔く日が来る、と主は言われる。
31:28 かつて、彼らを抜き、壊し、破壊し、滅ぼし、災いをもたらそうと見張っていたが、今、わたしは彼らを建て、また植えようと見張っている、と主は言われる。
31:29 その日には、人々はもはや言わない。「先祖が酸いぶどうを食べれば子孫の歯が浮く」と。
31:30 人は自分の罪のゆえに死ぬ。だれでも酸いぶどうを食べれば、自分の歯が浮く。
31:31 見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。
31:32 この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない。わたしが彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った、と主は言われる。
31:33 しかし、来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
31:34 そのとき、人々は隣人どうし、兄弟どうし、「主を知れ」と言って教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない。
31:35 主はこう言われる。太陽を置いて昼の光とし月と星の軌道を定めて夜の光とし海をかき立て、波を騒がせる方その御名は万軍の主。
31:36 これらの定めがわたしの前から退くことがあろうともと主は言われる。イスラエルの子孫は永遠に絶えることなく、わたしの民である。
31:37 主はこう言われる。もし、上においては、天が測られ下においては、地の基が究められるならわたしがイスラエルのすべての子孫を彼らのあらゆる行いのゆえに拒むこともありえようと主は言われる。
31:38 見よ、主にささげられたこの都が、ハナンエルの塔から角の門まで再建される日が来る、と主は言われる。
31:39 測り縄は更に伸びて、ガレブの丘に達し、ゴアの方角に回る。
31:40 死体と灰の谷の全域、またキドロンの谷に至るまでと、東側の馬の門の角に至るまでの全域は、主のものとして聖別され、もはやとこしえに、抜かれることも破壊されることもない。

主がかつてイスラエルと結んだ契約は、民に契約を守るため、戒めに従うことが求められていた。
しかし、それは残念ながら、完全には守られることはなく、契約を保つことができなくなっていた。
このため、主なる神様は、新たな契約を結ぼうとされた。
その新たな契約は、もはや民同士が「戒めを守れ」と言って強要する必要もなく、主なる神がいつも民と共にあって、二度と彼らの罪を思い出すことは無いという。それほどに、完全な罪の赦しが約束されているということである。
主がイエス様の命をもって成し遂げて下さった救いの約束は、かくも完全なのである。