エレミヤ3:14 背信の子らよ、立ち帰れ、と主は言われる。わたしこそあなたたちの主である。一つの町から一人、一つの氏族から二人ではあるが、わたしはあなたたちを連れてシオンに行こう。
3:15 わたしはあなたたちに、心にかなう牧者たちを与える。彼らは賢く、巧みに導く。
3:16 あなたたちがこの地で大いに増えるとき、その日には、と主は言われる。人々はもはや、主の契約の箱について語らず、心に浮かべることも、思い起こすこともない。求めることも、作ることももはやない。
3:17 その時、エルサレムは主の王座と呼ばれ、諸国の民は皆、そこに向かい、主の御名のもとにエルサレムに集まる。彼らは再び、かたくなで悪い心に従って歩むことをしない。
3:18 その日、ユダの家はイスラエルの家と合流し、わたしがあなたたちの先祖の所有とした国へ、北の国から共に帰って来る。
3:19 わたしは思っていた。「子らの中でも、お前には何をしようか。お前に望ましい土地あらゆる国の中で最も麗しい地を継がせよう」と。そして、思った。「わが父と、お前はわたしを呼んでいる。わたしから離れることはあるまい」と。
3:20 だが、妻が夫を欺くようにイスラエルの家よ、お前はわたしを欺いたと主は言われる。
3:21 裸の山々に声が聞こえるイスラエルの子らの嘆き訴える声が。彼らはその道を曲げ主なる神を忘れたからだ。
3:22 「背信の子らよ、立ち帰れ。わたしは背いたお前たちをいやす。」「我々はあなたのもとに参ります。あなたこそ我々の主なる神です。
3:23 まことに、どの丘の祭りも山々での騒ぎも偽りにすぎません。まことに、我々の主なる神にイスラエルの救いがあるのです。
3:24 我々の若いときから恥ずべきバアルが食い尽くしてきました先祖たちが労して得たものをその羊、牛、息子、娘らを。
3:25 我々は恥の中に横たわり辱めに覆われています。我々は主なる神に罪を犯しました。我々も、先祖も若いときから今日に至るまで主なる神の御声に聞き従いませんでした。」
主なる神様は、イスラエルの子らに「背信の子らよ、立ち帰れ」と語りかけている。
背信ということは、すなわち、かつて神を畏れ敬っていたのに、それを裏切ってしまったということを意味している。
最初から信じようとしないのではなく、最初は信じていたのに、途中から裏切っていくということは、その傷は深く、悲しみも大きい。
しかし、主なる神様は、なおもイスラエルの子らに対し「背信の子」と「子」であることには変わりは無いし「立ち帰れ」と、愛する子が親元に帰ってくるのを今か今かと待っているかのように、深い愛情を持って呼びかけている。
神様の本心である「愛」の心は、子であるイスラエルがどういう状況にあっても変わりなく、常に救いの手を差し伸べているということであろう。
しかし、こうした呼びかけに応じて立ち帰る者は少ないのかもしれない。それでも、その数少ない者たちに、惜しみない愛のみ手を差し伸べて、最良の土地を与えようと約束している。
そして、主のもとに立ち帰る者には、心にかなう牧者が与えられるという。
彼らは賢く、巧みに導くと。
教会にも牧師なる者が存在するが、賢く、しかも巧みに導いている方と言えば、それは主イエス様御自身を置いて他にはいない。
私たちは、このような賢く、巧みな牧者であるイエス様に従っていく。
我々はあなたのもとに参ります。あなたこそ我々の主なる神です。