1コリント15:12 キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。
15:13 死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。
15:14 そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。
15:15 更に、わたしたちは神の偽証人とさえ見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになるからです。
15:16 死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。
15:17 そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。
15:18 そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。
15:19 この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。
もしキリストの復活がなかったとしたら、確かに教会で行われている宣教の業はむなしいものとなる。
しかし、もし本当にキリストの復活が無かったのなら、教会の宣教はおろか、何もかもが空しいものとなるだろう。
全ての命はやがて滅び、その存在の全ても消え去るしかない。
そんなことがあって良いはずが無い。
存在が全て消えうせてしまうような儚いものならば、存在する意味もない。
けれど、私たちは存在している。
生きているし、悩みもし、痛みを覚えることもあるかもしれないけれど、それでも生きている。
神に与えられた命だからこそ、生きていられる。
キリストの復活に信頼して生きるとは、生きるということそのものである。