2ペテロ3:8 愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。
3:9 ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。
3:10 主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。
3:11 このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。
3:12 神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。
3:13 しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。
3:14 だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、きずや汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。
3:15 また、わたしたちの主の忍耐深さを、救いと考えなさい。それは、わたしたちの愛する兄弟パウロが、神から授かった知恵に基づいて、あなたがたに書き送ったことでもあります。
3:16 彼は、どの手紙の中でもこのことについて述べています。その手紙には難しく理解しにくい個所があって、無学な人や心の定まらない人は、それを聖書のほかの部分と同様に曲解し、自分の滅びを招いています。
3:17 それで、愛する人たち、あなたがたはこのことをあらかじめ知っているのですから、不道徳な者たちに唆されて、堅固な足場を失わないように注意しなさい。
3:18 わたしたちの主、救い主イエス・キリストの恵みと知識において、成長しなさい。このイエス・キリストに、今も、また永遠に栄光がありますように、アーメン。
主の日が遅いのは、一人でも多くの人が救われるようにと、主が忍耐して待っておられるからだと言う。
せっかちで、すぐに結果を知りたい自分とは大違いである。
子供のころ、植物を育てたり、小さな生き物を育てたりしたことがあったが、どうしても気になって触りすぎて、枯らしてしまったり、死なせてしまったりしたことを思い出す。
今考えれば、そこまで頻繁に手をかけなくても良かったかなあと思う。
もちろん、それと神様の愛とは違う。
神様は、私たちのことを放っておかれる方ではない。
けれど、神様は大きく広い心を持って、私たちが神様のもとに立ち返ってくることを忍耐しながら待っておられる。
放置するのではない。祈って祈って忍耐しながら、待っておられるのである。
時間は愛である。
待つということも、見方を変えれば、とても積極的な態度であろう。
私も待つ者でありたい。
消極的に、ただぼーっと何もせずに待つのではなく、祈りつつ、できることをし、励むべきを励み、喜びつつ、その時を待ちたい。