1ペテロ1:10 この救いについては、あなたがたに与えられる恵みのことをあらかじめ語った預言者たちも、探求し、注意深く調べました。
1:11 預言者たちは、自分たちの内におられるキリストの霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光についてあらかじめ証しされた際、それがだれを、あるいは、どの時期を指すのか調べたのです。
1:12 彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのためであるとの啓示を受けました。それらのことは、天から遣わされた聖霊に導かれて福音をあなたがたに告げ知らせた人たちが、今、あなたがたに告げ知らせており、天使たちも見て確かめたいと願っているものなのです。
1:13 だから、いつでも心を引き締め、身を慎んで、イエス・キリストが現れるときに与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
1:14 無知であったころの欲望に引きずられることなく、従順な子となり、
1:15 召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい。
1:16 「あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである」と書いてあるからです。
神からの啓示を受けた預言者たちは、その福音の言葉が自分たちのためではなくても、後の世代の人たちにきちんと語り継がれていくように御言葉として語り継いでいった。それが今、聖書という形で残されている。
つまり、かつて神の御言葉を伝える働きのために、忠実に仕えた人たちがいたからこそ、今の時代の私たちも神と出合うことのできる特権が与えられているのだ。
ならば、我々も、きっと後の世代の人たちのために、今の時代になすべき務めがあるのだろうと思う。
それが何かはっきり分からなくても、ここに語られている通り、御言葉を聞いて、いつでも心を引き締め、イエス・キリストが現われるときに与えられる恵みをひたすら待ち望む生き方を続け、欲望に引きずられること無く、従順な子となり、召しだして下さった聖なる方に倣って、全ての面で聖なる者となるよう心がけるだけであろう。
自分自身のためだけなら、妥協することもあろうが、後の世代の人たちのためでもあるなら、動機付けにもなるし、ましてやイエス様がそれをお望みであるというのなら、そのように生きて行くことを心がけるのみである。
言うのは簡単で、実行するのは難しいかもしれないが、少なくとも、我々はそれを目指して生きて行きたい。