マタイ26章14〜25節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ
26章14節
そのとき、十二人の一人で、イスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところへ行き、
26章15節
「あの男をあなたたちに引き渡せば、幾らくれますか」と言った。そこで、彼らは銀貨三十枚を支払うことにした。
26章16節
そのときから、ユダはイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。

イエス様の弟子の一人ユダは、わずか銀貨30枚でイエス様を売り渡してしまう。
銀貨30枚は、奴隷の値段でもあった。
人を売るということは、人を人と思わず、モノ扱いしているということであろう。
けれど、そのようなことはユダだけが特別なのではない。
おそらくすべての人が自分中心に生き始める時、周囲の人間はすべてモノとして認識されるようになるのだろう。
人tを人と思わず、モノとして扱う、それが罪の本質なのかもしれない。
しかし、イエス様はその罪のために、罪人の身代わりとなって死なれた。
皮肉なことであるが、私たちの現実を見る時、それは必要なことなのである。