出エジプト20章22節~21章17節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

出エジプト20:22 主はモーセに言われた。イスラエルの人々にこう言いなさい。あなたたちは、わたしが天からあなたたちと語るのを見た。
20:23 あなたたちはわたしについて、何も造ってはならない。銀の神々も金の神々も造ってはならない。
20:24 あなたは、わたしのために土の祭壇を造り、焼き尽くす献げ物、和解の献げ物、羊、牛をその上にささげなさい。わたしの名の唱えられるすべての場所において、わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する。
20:25 しかし、もしわたしのために石の祭壇を造るなら、切り石で築いてはならない。のみを当てると、石が汚されるからである。
20:26 あなたは、階段を用いて祭壇に登ってはならない。あなたの隠し所があらわにならないためである。
21:1 以下は、あなたが彼らに示すべき法である。
21:2 あなたがヘブライ人である奴隷を買うならば、彼は六年間奴隷として働かねばならないが、七年目には無償で自由の身となることができる。
21:3 もし、彼が独身で来た場合は、独身で去らねばならない。もし、彼が妻帯者であった場合は、その妻も共に去ることができる。
21:4 もし、主人が彼に妻を与えて、その妻が彼との間に息子あるいは娘を産んだ場合は、その妻と子供は主人に属し、彼は独身で去らねばならない。
21:5 もし、その奴隷が、「わたしは主人と妻子とを愛しており、自由の身になる意志はありません」と明言する場合は、
21:6 主人は彼を神のもとに連れて行く。入り口もしくは入り口の柱のところに連れて行き、彼の耳を錐で刺し通すならば、彼を生涯、奴隷とすることができる。
21:7 人が自分の娘を女奴隷として売るならば、彼女は、男奴隷が去るときと同じように去ることはできない。
21:8 もし、主人が彼女を一度自分のものと定めながら、気に入らなくなった場合は、彼女が買い戻されることを許さねばならない。彼は彼女を裏切ったのだから、外国人に売る権利はない。
21:9 もし、彼女を自分の息子のものと定めた場合は、自分の娘と同じように扱わなければならない。
21:10 もし、彼が別の女をめとった場合も、彼女から食事、衣服、夫婦の交わりを減らしてはならない。
21:11 もし、彼がこの三つの事柄を実行しない場合は、彼女は金を支払わずに無償で去ることができる。
21:12 人を打って死なせた者は必ず死刑に処せられる。
21:13 ただし、故意にではなく、偶然、彼の手に神が渡された場合は、わたしはあなたのために一つの場所を定める。彼はそこに逃れることができる。
21:14 しかし、人が故意に隣人を殺そうとして暴力を振るうならば、あなたは彼をわたしの祭壇のもとからでも連れ出して、処刑することができる。
21:15 自分の父あるいは母を打つ者は、必ず死刑に処せられる。
21:16 人を誘拐する者は、彼を売った場合も、自分の手もとに置いていた場合も、必ず死刑に処せられる。
21:17 自分の父あるいは母を呪う者は、必ず死刑に処せられる。

主なる神様がモーセを通して十戒の言葉を与えられた後、より具体的な細かな掟が語られ始める。
これらの細かなルールは、その時代的な背景や文化、置かれている状況などに照らし合わせて語られているものであると考えるべきであり、文字通り、今の時代、そのまま適用することは難しい場合もある。
たとえば、奴隷の精度など、今の時代にはそのまま用いるのは困難な事柄も含まれる。
しかし、部分的には当てはまる事柄もあるだろう。
会社に雇われた身であったり、神に救って頂いた者としての心得など、そのまま適応するのは難しくても、参考になる部分はあるのかもしれない。
会社に雇われた者は、その労働の対価として賃金をもらう。
その分、会社の目的に貢献するよう働くのである。
神様に贖われ、神のものとして買い取られた者も、救いの実現のためにキリストの十字架の贖いの代価が支払われたのだから、その分、神に仕え、神のものとして生きて行くことが求められる。
もちろん、それは、奴隷のようなそれとは違うかもしれないが、自由を得るために買い取られ、喜んで、本来の人としての生涯を歩むためのものであろう。
目的ある人生を送るために買い取られたことを感謝しつつ、歩むべき道を選び取っていくことができるよう願うものである。