出エジプト12章29~51節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

出エジプト12:29 真夜中になって、主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた。王座に座しているファラオの初子から牢屋につながれている捕虜の初子まで、また家畜の初子もことごとく撃たれたので、
12:30 ファラオと家臣、またすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人が出なかった家は一軒もなかったので、大いなる叫びがエジプト中に起こった。
12:31 ファラオは、モーセとアロンを夜のうちに呼び出して言った。「さあ、わたしの民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。
12:32 羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、わたしをも祝福してもらいたい。」
12:33 エジプト人は、民をせきたてて、急いで国から去らせようとした。そうしないと自分たちは皆、死んでしまうと思ったのである。
12:34 民は、まだ酵母の入っていないパンの練り粉をこね鉢ごと外套に包み、肩に担いだ。
12:35 イスラエルの人々は、モーセの言葉どおりに行い、エジプト人から金銀の装飾品や衣類を求めた。
12:36 主は、この民にエジプト人の好意を得させるようにされたので、エジプト人は彼らの求めに応じた。彼らはこうして、エジプト人の物を分捕り物とした。
12:37 イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した。一行は、妻子を別にして、壮年男子だけでおよそ六十万人であった。
12:38 そのほか、種々雑多な人々もこれに加わった。羊、牛など、家畜もおびただしい数であった。
12:39 彼らはエジプトから持ち出した練り粉で、酵母を入れないパン菓子を焼いた。練り粉には酵母が入っていなかった。彼らがエジプトから追放されたとき、ぐずぐずしていることはできなかったし、道中の食糧を用意するいとまもなかったからである。
12:40 イスラエルの人々が、エジプトに住んでいた期間は四百三十年であった。
12:41 四百三十年を経たちょうどその日に、主の部隊は全軍、エジプトの国を出発した。
12:42 その夜、主は、彼らをエジプトの国から導き出すために寝ずの番をされた。それゆえ、イスラエルの人々は代々にわたって、この夜、主のために寝ずの番をするのである。
12:43 主はモーセとアロンに言われた。「過越祭の掟は次のとおりである。外国人はだれも過越の犠牲を食べることはできない。
12:44 ただし、金で買った男奴隷の場合、割礼を施すならば、彼は食べることができる。
12:45 滞在している者や雇い人は食べることができない。
12:46 一匹の羊は一軒の家で食べ、肉の一部でも家から持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。
12:47 イスラエルの共同体全体がこれを祝わなければならない。
12:48 もし、寄留者があなたのところに寄留し、主の過越祭を祝おうとするときは、男子は皆、割礼を受けた後にそれを祝うことが許される。彼はそうすれば、その土地に生まれた者と同様になる。しかし、無割礼の者は、だれもこれを食べることができない。
12:49 この規定は、その土地に生まれた者にも、あなたたちの間に寄留している寄留者にも、同じように適用される。」
12:50 イスラエルの人々はすべて、主がモーセとアロンに命じたとおりに行った。
12:51 まさにこの日に、主はイスラエルの人々を部隊ごとにエジプトの国から導き出された。

ついに、エジプトの王ファラオは、イスラエルを解放することを決意し、一刻も早くエジプトの地から立ち去るよう、モーセ命じられ、イスラエルの民は、十分な準備もままならないまま、エジプトを旅立っていくことになる。
ここまでたどり着くまでに、随分と多くの災いがエジプトにもたらされ、大勢の命も失われている。
しかし、この出来事が行われたのは、イスラエルの民がヨセフに招かれてエジプトに移住してから、430年も経ってからであると述べられている。
歴史的な出来事であり、新しい時代に始まりであり、しかし、それが長い長い歴史の中で、計画され、祈られ、準備されてきたことであるということを思う時、神のなさることは、私たち人間の目に簡単に判別できるほど、すぐに結果が現われないこともあるのだということを思うのである。
しかし、どれだけ時間がかかっても、神のご計画は確実に成し遂げられていく。
出エジプトから、さらに長い時を経て、ダビデやソロモンの時代があり、そして、さらに月日を重ねて、イエス様の到来を迎える。
そして、我々は、キリストの十字架と復活の出来事を終えて後、2000年もの月日を越えて、神の偉大な救いのご計画のうちに入れて頂いている。
時代が変わり、文化や生活スタイルも随分変わってはいるが、本質的なところでは、何も変わっていない。
私たちは神の大いなる憐れみの故に救いの恵みを頂くのである。