使徒6章8節~7章1節、54~60節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

使徒6:8さて、ステファノは恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間で行っていた。
6:9ところが、キレネとアレクサンドリアの出身者で、いわゆる「解放された奴隷の会堂」に属する人々、またキリキア州とアジア州出身の人々などのある者たちが立ち上がり、ステファノと議論した。
6:10しかし、彼が知恵と“霊”とによって語るので、歯が立たなかった。
6:11そこで、彼らは人々を唆して、「わたしたちは、あの男がモーセと神を冒涜する言葉を吐くのを聞いた」と言わせた。
6:12また、民衆、長老たち、律法学者たちを扇動して、ステファノを襲って捕らえ、最高法院に引いて行った。
6:13そして、偽証人を立てて、次のように訴えさせた。「この男は、この聖なる場所と律法をけなして、一向にやめようとしません。
6:14わたしたちは、彼がこう言っているのを聞いています。『あのナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変えるだろう。』」
6:15最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた。
7:1大祭司が、「訴えのとおりか」と尋ねた。

7:54人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。
7:55ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、
7:56「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。
7:57人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、
7:58都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。
7:59人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。
7:60それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。

本日は、ステファノの日だそうです。
ステファノは、使徒たちの働きをサポートするために選ばれた者の一人で、主に食事の世話をするために選ばれた。
しかし、その中でもステファノは、際立って神の恵みと力に満ちた人物であったようで、知恵と霊にみち、神の言葉を熱心に語り始めるのである。

私たちの教会では、恵みの賜物という考え方を尊重する。
それは、地位や名誉、学歴や立場と言った世的なことによって人を選ぶのではなく、神が霊的な賜物として与えて下さる恵みの賜物を持つ人なら、率先して、主のみ言葉を語ったり、証をしたりといったことを担ってもらうことを推奨するということであろう。
つまり、救いの証や説教などは、すべて神が与えて下さる恵みを元にしているのだから、できる人はどんどん証をしていただくべきということであり、たとえそれが食事の世話をするために選ばれた人であっても、神が与えて下さる知恵と霊に満ちた人ならば、大いに証をしてもらうべきなのである。
もちろん、そういうことによってステファノのように迫害される危険にさらされることになるかもしれないが、それも覚悟の上で、それでも主の救いの証を語らなければならない召しというものがあるのだろう。
私たちが救われたのは、すべて、神の一方的な恵みによる。
なんら、私たち人間の努力や能力によるのではない。
だからこそ、それを与えられたものは、恵みを証していくべきである。
この救いが、すべて、恵みによるものであり、イエス・キリストの尊い十字架の贖いによるものである限り。