マタイ24章15~28節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ24:15 「預言者ダニエルの言った憎むべき破壊者が、聖なる場所に立つのを見たら――読者は悟れ――、
24:16 そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。
24:17 屋上にいる者は、家にある物を取り出そうとして下に降りてはならない。
24:18 畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない。
24:19 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女は不幸だ。
24:20 逃げるのが冬や安息日にならないように、祈りなさい。
24:21 そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。
24:22 神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。
24:23 そのとき、『見よ、ここにメシアがいる』『いや、ここだ』と言う者がいても、信じてはならない。
24:24 偽メシアや偽預言者が現れて、大きなしるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちをも惑わそうとするからである。
24:25 あなたがたには前もって言っておく。
24:26 だから、人が『見よ、メシアは荒れ野にいる』と言っても、行ってはならない。また、『見よ、奥の部屋にいる』と言っても、信じてはならない。
24:27 稲妻が東から西へひらめき渡るように、人の子も来るからである。
24:28 死体のある所には、はげ鷹が集まるものだ。」

来るべき時が来て、破壊者が聖なる場所に立つのを見たら、ユダヤにいる人は、即刻山へ逃げるように命じられている。
その時、家にある物を取りに帰ったりしていてはならないと語られている。
おおよそ、このような非常事態の緊急時には、人はあわててしまって、何が必要なのか、あるいは、何が大切なのか見極められなくなってしまう。
だから、日頃から、非常持ち出し袋などに貴重品や大切なものをしまっておくと良いと言われる。
しかし、本当は、モノはそれほど大切ではない。
いくらモノを持っていても、緊急の時には役に立たない場合が多い。
それよりも日頃から何が我々の心を満たし、平安を与えられているか、それが重要になってくる。
終わりの時は必ずやってくる。
そのことを常に意識し、モノにこだわるのではなく、心を整えておくこと。それが大事。
我々をお救い下さるお方はどなたなのか。
いつも救い主イエス様のことを覚えていたいものである。