詩篇43篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇43:1 神よ、あなたの裁きを望みます。わたしに代わって争ってください。あなたの慈しみを知らぬ民、欺く者よこしまな者から救ってください。
43:2 あなたはわたしの神、わたしの砦。なぜ、わたしを見放されたのか。なぜ、わたしは敵に虐げられ嘆きつつ行き来するのか。
43:3 あなたの光とまことを遣わしてください。彼らはわたしを導き聖なる山、あなたのいますところにわたしを伴ってくれるでしょう。
43:4 神の祭壇にわたしは近づきわたしの神を喜び祝い琴を奏でて感謝の歌をうたいます。神よ、わたしの神よ。
43:5 なぜうなだれるのか、わたしの魂よなぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう「御顔こそ、わたしの救い」と。わたしの神よ。

神は常に我々を見守り、救い、支えて下さる。
しかし、現実の世界では、常に敵に囲まれ、様々な困難に悩まされる。
神を信じ、同時に疑いとまではいかないが「主よなぜ?」との思いとの間を行ったり来たりする。
それは、偽らざる我々の信仰である。
私たちはなぜ信仰と不信仰との間を行き来するのか。
それは、我々が弱いからに他ならない。
なぜうなだれるのか。本当はうなだれる必要などないことも知っているのに、なぜ呻くのか。
神を待ち望むしかない。
そして「主の御顔こそ、私の救い」と告白するのみである。
それしかできないけれど、それで良いのである。