詩篇36篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇36:1 指揮者によって。主の僕の詩。ダビデの詩。
36:2 神に逆らう者に罪が語りかけるのがわたしの心の奥に聞こえる。彼の前に、神への恐れはない。
36:3 自分の目に自分を偽っているから自分の悪を認めることもそれを憎むこともできない。
36:4 彼の口が語ることは悪事、欺き。決して目覚めようとも、善を行おうともしない。
36:5 床の上でも悪事を謀り常にその身を不正な道に置き悪を退けようとしない。
36:6 主よ、あなたの慈しみは天にあなたの真実は大空に満ちている。
36:7 恵みの御業は神の山々のようあなたの裁きは大いなる深淵。主よ、あなたは人をも獣をも救われる。
36:8 神よ、慈しみはいかに貴いことか。あなたの翼の陰に人の子らは身を寄せ
36:9 あなたの家に滴る恵みに潤いあなたの甘美な流れに渇きを癒す。
36:10 命の泉はあなたにありあなたの光に、わたしたちは光を見る。
36:11 あなたを知る人の上に慈しみが常にありますように。心のまっすぐな人の上に恵みの御業が常にありますように。
36:12 神に逆らう者の手がわたしを追い立てることを許さず驕る者の足がわたしに迫ることを許さないでください。
36:13 悪事を働く者は必ず倒れる。彼らは打ち倒され再び立ち上がることはない。

神に逆らう人というのは、自分が罪を犯しているということを知っていて罪を犯している。
いくら「自分は誘惑されただけで、環境が悪い」と言い訳をしようとしても、結局はそれを選ぶのは自分自身だし、誰も言い逃れはできない。
むしろ、神の恵みは、この世界に満ち溢れており、どこにいても神の愛と慈しみは注がれているのだ。
にも関わらず、人は罪を犯す。
意図的に神に逆らっているのだ。
神の恵みはこの世界に満ちている。
私たちは、それをそのまま受けることが、本来の人としての正しい態度であると言えるのである。