2コリント7章2~16節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

2コリント7:3 あなたがたを、責めるつもりで、こう言っているのではありません。前にも言ったように、あなたがたはわたしたちの心の中にいて、わたしたちと生死を共にしているのです。
7:4 わたしはあなたがたに厚い信頼を寄せており、あなたがたについて大いに誇っています。わたしは慰めに満たされており、どんな苦難のうちにあっても喜びに満ちあふれています。
7:5 マケドニア州に着いたとき、わたしたちの身には全く安らぎがなく、ことごとに苦しんでいました。外には戦い、内には恐れがあったのです。
7:6 しかし、気落ちした者を力づけてくださる神は、テトスの到着によってわたしたちを慰めてくださいました。
7:7 テトスが来てくれたことによってだけではなく、彼があなたがたから受けた慰めによっても、そうしてくださったのです。つまり、あなたがたがわたしを慕い、わたしのために嘆き悲しみ、わたしに対して熱心であることを彼が伝えてくれたので、わたしはいっそう喜んだのです。
7:8 あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、
7:9 今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。
7:10 神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。
7:11 神の御心に適ったこの悲しみが、あなたがたにどれほどの熱心、弁明、憤り、恐れ、あこがれ、熱意、懲らしめをもたらしたことでしょう。例の事件に関しては、あなたがたは自分がすべての点で潔白であることを証明しました。
7:12 ですから、あなたがたに手紙を送ったのは、不義を行った者のためでも、その被害者のためでもなく、わたしたちに対するあなたがたの熱心を、神の御前であなたがたに明らかにするためでした。
7:13 こういうわけでわたしたちは慰められたのです。この慰めに加えて、テトスの喜ぶさまを見て、わたしたちはいっそう喜びました。彼の心があなたがた一同のお陰で元気づけられたからです。
7:14 わたしはあなたがたのことをテトスに少し誇りましたが、そのことで恥をかかずに済みました。それどころか、わたしたちはあなたがたにすべて真実を語ったように、テトスの前で誇ったことも真実となったのです。
7:15 テトスは、あなたがた一同が従順で、どんなに恐れおののいて歓迎してくれたかを思い起こして、ますますあなたがたに心を寄せています。
7:16 わたしは、すべての点であなたがたを信頼できることを喜んでいます。

愛する者だからこそ、信頼できる相手だからこそ、時に、厳しい言葉を持って忠告できることがある。
一時的には悲しませることになるかもしれない。
けれど、真実な悔い改めによる悲しみは、やがて、大きな喜びと平安に変わる。

パウロは、かつてコリントの教会のクリスチャンたちに厳しい言葉を送り、一時的に彼らを悲しませたようである。
しかし、そのことによってコリントの教会のクリスチャンたちは真摯に悔い改め、愛の群れへと変えられていったのであろう。
コリントの教会から帰ってきたテトスの報告を受け、パウロはそれを確信しているのである。
パウロは、コリントの教会のクリスチャンたちが変えられたことに大きな慰めを頂いている。
私たちも、一時的に悲しみを覚えることがあったとしても、それが慰めに満ちた者へと変えられるために必要なことであるのなら、そして、変えられた自分が誰かをこれほどまでに慰め、喜ばせることができるのなら、主にあって変えられた者とならせていただきたい。
自分を変えることはなかなか難しいが、それによって周囲に慰めや喜びが広がっていくのなら、喜んで変わっていきたいものである。