マタイ12:46 イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが、話したいことがあって外に立っていた。
12:47 そこで、ある人がイエスに、「御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます」と言った。
12:48 しかし、イエスはその人にお答えになった。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」
12:49 そして、弟子たちの方を指して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。
12:50 だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。」
イエス様は、神の御心を行う者だけが神の家族であると仰せられる。
時々「我々は神の家族なのだから、互いに愛し合い、助け合うべきだ。だから、私を助けるべきだ」と主張される方がいる。
けれど、そういう考え方は、神の御心とは程遠い、自己中心的で、罪そのものの姿であると言えるだろう。
もちろん、私達は、互いに愛し合い、互いに助け合って生きて行くことを目指すし、そうありたいと思う。
けれど、それは、人から強制的に押し付けられる類のものではない。
なにより、神の御心を共に求めて行こうとする、同じ信仰を持つ人たちを神の家族として、互いに愛し合い、助け合っていきたいと思う。