ヘブル13章1~16節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヘブル13:1 兄弟としていつも愛し合いなさい。
13:2 旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。
13:3 自分も一緒に捕らわれているつもりで、牢に捕らわれている人たちを思いやり、また、自分も体を持って生きているのですから、虐待されている人たちのことを思いやりなさい。
13:4 結婚はすべての人に尊ばれるべきであり、夫婦の関係は汚してはなりません。神は、みだらな者や姦淫する者を裁かれるのです。
13:5 金銭に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。神御自身、「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」と言われました。
13:6 だから、わたしたちは、はばからずに次のように言うことができます。「主はわたしの助け手。わたしは恐れない。人はわたしに何ができるだろう。」
13:7 あなたがたに神の言葉を語った指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生涯の終わりをしっかり見て、その信仰を見倣いなさい。
13:8 イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です。
13:9 いろいろ異なった教えに迷わされてはなりません。食べ物ではなく、恵みによって心が強められるのはよいことです。食物の規定に従って生活した者は、益を受けませんでした。
13:10 わたしたちには一つの祭壇があります。幕屋に仕えている人たちは、それから食べ物を取って食べる権利がありません。
13:11 なぜなら、罪を贖うための動物の血は、大祭司によって聖所に運び入れられますが、その体は宿営の外で焼かれるからです。
13:12 それで、イエスもまた、御自分の血で民を聖なる者とするために、門の外で苦難に遭われたのです。
13:13 だから、わたしたちは、イエスが受けられた辱めを担い、宿営の外に出て、そのみもとに赴こうではありませんか。
13:14 わたしたちはこの地上に永続する都を持っておらず、来るべき都を探し求めているのです。
13:15 だから、イエスを通して賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。
13:16 善い行いと施しとを忘れないでください。このようないけにえこそ、神はお喜びになるのです。

ヘブル13章を読むと、救われて、クリスチャンとなった者がどう生きていけば良いかということについての指針が示されているように思う。
主にある兄弟姉妹が互いに愛し合い、旅人ももてなし、牢に囚われている人を自分も一緒に囚われているつもりで思いやり、虐待されている人たちを思いやると。結婚の関係を尊び、金銭に執着しない生活をし、今持っている物で満足する。
なかなか素晴らしいことばかり書かれている。
できるかどうかは別として、そうなれたら良いと思うことばかり書かれている。
中には、難しいこともあるかもしれないけれど、大切なことは、このような生き方を保つための助け手として、主イエス様が今も生きて我々と共に働いて下さるということを覚えることである。
私たちは皆罪人だから、なかなか他人のことにまで思いが向けられない。
ともすると、自分の都合、自分の利益ばかりを追い求めてしまうもの。
しかし、そこでイエス様の思いあどこにあるのかということを見つめてみると、隣人を愛する心へ導いておられるのがわかる。
できるかどうか問題ではない。まずは、思いを共にすることから。
神がお喜びになることを選びつつ歩めるようにと願う。