ヨエル2章12~27節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨエル2:12 主は言われる。「今こそ、心からわたしに立ち帰れ断食し、泣き悲しんで。
2:13 衣を裂くのではなくお前たちの心を引き裂け。」あなたたちの神、主に立ち帰れ。主は恵みに満ち、憐れみ深く忍耐強く、慈しみに富みくだした災いを悔いられるからだ。
2:14 あるいは、主が思い直されその後に祝福を残しあなたたちの神、主にささげる穀物とぶどう酒を残してくださるかもしれない。
2:15 シオンで角笛を吹き断食を布告し、聖会を召集せよ。
2:16 民を呼び集め、会衆を聖別し長老を集合させよ。幼子、乳飲み子を呼び集め花婿を控えの間から花嫁を祝いの部屋から呼び出せ。
2:17 祭司は神殿の入り口と祭壇の間で泣き主に仕える者は言うがよい。「主よ、あなたの民を憐れんでください。あなたの嗣業である民を恥に落とさず国々の嘲りの種としないでください。『彼らの神はどこにいるのか』となぜ諸国の民に言わせておかれるのですか。」
2:18 そのとき主は御自分の国を強く愛しその民を深く憐れまれた。
2:19 主は答えて、その民に言われた。「見よ、わたしは穀物とぶどうとオリーブをお前たちに送り、飽き足らせよう。お前たちが国々の中で恥を受けることをわたしは二度と許さない。
2:20 北から来る者をお前たちから遠ざけ彼らを乾いた荒廃の地に追いやり先陣を東の海に、後陣を西の海に追い落とす。その臭気が上り悪臭が立ちこめる。」まことに、主は偉大な御業を成し遂げられた。
2:21 大地よ、恐れるな、喜び躍れ。主は偉大な御業を成し遂げられた。
2:22 野の獣よ、恐れるな。荒れ野の草地は緑となり木は実を結びいちじくとぶどうは豊かな実りをもたらす。
2:23 シオンの子らよ。あなたたちの神なる主によって喜び躍れ。主はあなたたちを救うために秋の雨を与えて豊かに降らせてくださる。元のように、秋の雨と春の雨をお与えになる。
2:24 麦打ち場は穀物に満ち搾り場は新しい酒と油に溢れる。
2:25 わたしがお前たちに送った大軍すなわち、かみ食らういなご移住するいなご、若いいなご食い荒らすいなごの食い荒らした幾年もの損害をわたしは償う。
2:26 お前たちは豊かに食べて飽き足り驚くべきことをお前たちのために成し遂げられた主お前たちの神なる主の御名をほめたたえるであろう。わたしの民は、とこしえに恥を受けることはない。
2:27 イスラエルのうちにわたしがいることをお前たちは知るようになる。わたしはお前たちの神なる主、ほかに神はいない。わたしの民は、とこしえに恥を受けることはない。

イスラエルの民は、悔い改めの意思を表す時、衣を裂き、灰をかぶるということを行っていた。
しかし、ここでの御言葉は、そのような形だけの悔い改めではなく、心を引き裂けと語られている通り、形式的な悔い改めの業を行うのではなく、真実な悔い改めを促すものとなっている。
ルターの宗教改革におけるポイントもここにあり、形だけの悔い改めを拡散するような免罪符などの弊害を指摘し、お金さえ払えば多くの罪が赦されるかのような過った悔い改めを取り除こうとしたと言っていい。
しかし、それは、あくまで悔い改めの本質を取り戻すための改革であって、とにかく伝統を打ち壊せば良いというようなものではなかったはずである。
いつの時代でも、本質を見誤ることはある。
何が正しくて、何が間違っているか、正しい判断すら難しい時もある。
時に、私たちを正しい道へ立ち返らせるために、あえて厳しい試練を通らされることもあるだろう。
そんな時、人は、神などいない、と思うのかもしれない。
けれど、自分の思いだけを正しいと思い、神をも否定し、自分の力だけに頼って生きて行く先に、一体どんな幸いがあるというのだろう。
自分自身の限界を知るからこそ、真の神を求める。
そこには、必ず真の悔い改めがある。
謙遜に聞こうとする姿勢がある。
神はそのような者を祝福される。