イザヤ26章1~13節、黙示録21章22~27節、マタイ5章1~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ26:1 その日には、ユダの地でこの歌がうたわれる。我らには、堅固な都がある。救いのために、城壁と堡塁が築かれた。
26:2 城門を開け神に従い、信仰を守る民が入れるように。
26:3 堅固な思いを、あなたは平和に守られるあなたに信頼するゆえに、平和に。
26:4 どこまでも主に信頼せよ、主こそはとこしえの岩。
26:5 主は高い所に住まう者を引きおろし築き上げられた都を打ち倒し地に打ち倒して、塵に伏させる。
26:6 貧しい者の足がそれを踏みにじり弱い者の足が踏みつけて行く。
26:7 神に従う者の行く道は平らです。あなたは神に従う者の道をまっすぐにされる。
26:8 主よ、あなたの裁きによって定められた道を歩みわたしたちはあなたを待ち望みます。あなたの御名を呼び、たたえることはわたしたちの魂の願いです。
26:9 わたしの魂は夜あなたを捜しわたしの中で霊はあなたを捜し求めます。あなたの裁きが地に行われるとき世界に住む人々は正しさを学ぶでしょう。
26:10 神に逆らう者は、憐れみを受けても正しさを学ぶことがありません。公正の行われている国で不正を行い主の威光を顧みようとしません。
26:11 主よ、あなたの高く上げられた御手を彼らは仰ごうとしません。民に対するあなたの熱情を仰がせ彼らに恥を受けさせてください。敵対する者に向けられるあなたの火が彼らを焼き尽くしますように。
26:12 主よ、平和をわたしたちにお授けください。わたしたちのすべての業を成し遂げてくださるのはあなたです。
26:13 わたしたちの神なる主よあなた以外の支配者が我らを支配しています。しかしわたしたちはあなたの御名だけを唱えます。

教会の周辺は、平らな土地が多く、どこにでも自転車で出かけて行けるので、とても便利で快適。
そして、教会のあるところも、駐車場への入り口がやや狭いものの、ほぼ真っ平らで、入り口にはスロープも設置されていて、お年寄りの方や車椅子の方でも安心して入りやすくなっている。
それに付随して、もう一つ気に入っていることが、玄関がガラス張りの扉になっていて、外からでも、玄関から廊下を通って十字架のかかる聖壇まで真っ直ぐに見えていることである。
実は外から見えるということは、中からも見えているということで、説教中、教会にやってこられた方が車で駐車場に入ってくるところから、車を降りて玄関に入り、それから会堂に入ってくるという一連の様子が説教壇から丸見えなのである。
こう書いてしまうと、遅れてこられる方にプレッシャーになってしまうかもしれないが、説教壇から見ている側としては、とても嬉しい感覚を味わうことができるのだ。「ああ、もう一人いらっしゃった。早く入ってこないかなあ」といった感じでお迎えできる。
きっと、イエス様もそんな思いで、私たちが多少遅れようとも、神の御許にやってくることを、今か今かと待ち構えていらっしゃるのだろう。
教会に来られる方が、そんなワクワクするような気持ちで神様に迎えられているということを知ってもらえたらと思う。