ルカ11:27 イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」
11:28 しかし、イエスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」
我が家の子らが、そろそろ思春期を迎えようとしている。
きっと、いろんな葛藤があったり、親とぶつかり合うことも増えてくるのではないかと思う。
けれど、親とぶつかり合うことができるようなるということは、それなりに成長してきている証なのだろう。
いい意味で、嬉しいことと言える。
子供が小さいころは、育てることに精一杯で、それも楽しいひと時、幸いを感じる時であったとおもうけれど、子供らが成長して、自立していこうとしている姿を見ると、この子らが将来、親をも導いてくれるような存在になってくれたら、どんなに嬉しいことだろうかと思う。
与える時代も幸いだったけど、受ける幸いはもっと大きい。
人間としてのイエス様も、イエス様を産み育てたマリアより、イエス様から血と肉を頂き、赦しと平安を受ける我々がいかに幸いであるかということを覚えるものである。