ルカ9章43~45節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルカ9:43 人々は皆、神の偉大さに心を打たれた。
9:44 「この言葉をよく耳に入れておきなさい。人の子は人々の手に引き渡されようとしている。」
9:45 弟子たちはその言葉が分からなかった。彼らには理解できないように隠されていたのである。彼らは、怖くてその言葉について尋ねられなかった。

イエス様が仰せられた「人の子は人々の手に引き渡されようとしている。」との言葉は、十字架で殺されるであろうことを述べられたものであるが、弟子たちにはその意味が理解できなかったと記されている。
けれど、怖くて尋ねられなかったとも記されていることから、どんな恐ろしいことが起こるのだろうかと不安におびえてはいたはずである。
理解できなかったというより、理解したくなかったというのが正確かもしれない。

人はわからないこと、いまだ見ぬ災いほど恐ろしいものはない。
体験したことのあることなら、ある程度、その恐怖も分かるのだが、未だ誰も体験したことのない恐怖ほど恐ろしいものはない。

そして、それが「人の死」ではないだろうか。
死は誰もが経験することになる。
けれど、それを体験して帰ってきた人はいない。
だから恐ろしい。

聖書は、そこに一つの解決を与えるものであると言える。
解決を知れば、少しは、尋ねてみようと思うのではないだろうか。