列王記下23章1~30節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

列王記下23:1 そこで王は人を遣わして、ユダとエルサレムのすべての長老を自分のもとに集めた。
23:2 王は、ユダのすべての人々、エルサレムのすべての住民、祭司と預言者、下の者から上の者まで、すべての民と共に主の神殿に上り、主の神殿で見つかった契約の書のすべての言葉を彼らに読み聞かせた。
23:3 それから王は柱の傍らに立って、主の御前で契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り、この書に記されているこの契約の言葉を実行することを誓った。民も皆、この契約に加わった。
23:4 王は大祭司ヒルキヤと次席祭司たち、入り口を守る者たちに命じて、主の神殿からバアルやアシェラや天の万象のために造られた祭具類をすべて運び出させた。彼はそれをエルサレムの外、キドロンの野で焼き払わせ、その灰をベテルに持って行かせた。
23:5 王はユダの諸王が立てて、ユダの町々やエルサレム周辺の聖なる高台で香をたかせてきた神官たち、またバアルや太陽、月、星座、天の万象に香をたく者たちを廃止した。
23:6 彼はアシェラ像を主の神殿からエルサレムの外のキドロンの谷に運び出し、キドロンの谷で焼き、砕いて灰にし、その灰を民の共同墓地に振りまいた。
23:7 彼は主の神殿の中にあった神殿男娼の家を取り壊した。そこは女たちがアシェラ像のために布を織っていたところでもあった。
23:8 王はユダの町々から祭司をすべて呼び寄せ、ゲバからベエル・シェバに至るまでの祭司たちが香をたいていた聖なる高台を汚し、城門にあった聖なる高台をも取り壊した。これは町の長ヨシュアの門の入り口にあり、町の門を入る人の左側にあった。
23:9 聖なる高台の祭司たちは、エルサレムの主の祭壇に上ることはなかったが、その兄弟たちにまじって酵母を入れないパンを食べた。
23:10 王はベン・ヒノムの谷にあるトフェトを汚し、だれもモレクのために自分の息子、娘に火の中を通らせることのないようにした。
23:11 彼はユダの王たちが太陽にささげて、主の神殿の入り口、前庭の宦官ネタン・メレクの部屋の傍らに置いた馬を除き去り、太陽の戦車を火で焼いた。
23:12 王はユダの王たちがアハズの階上の部屋の上に造った祭壇と、マナセが主の神殿の二つの庭に造った祭壇を取り壊し、そこで打ち砕いて、その灰をキドロンの谷に投げ捨てた。
23:13 王はエルサレムの東、つまり滅びの山の南にあった聖なる高台を汚した。これはイスラエルの王ソロモンが、シドン人の憎むべき神アシュトレトのため、モアブ人の憎むべき神ケモシュのため、アンモン人の忌むべき神ミルコムのために築いたものであった。
23:14 彼は石柱を砕き、アシェラ像を切り倒し、人の骨でその場所を満たした。
23:15 彼はまたベテルにあった祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムが造った聖なる高台、すなわちその祭壇と聖なる高台を取り壊し、更に聖なる高台を焼いて粉々に砕き、アシェラ像を焼き捨てた。
23:16 ヨシヤは振り向いて、山に墓があるのを見、その墓の骨を取りにやり、その骨を祭壇の上で焼いて祭壇を汚した。かつて神の人がこのことを告げたが、その神の人の告げた主の言葉のとおりになった。
23:17 ヨシヤは、「あそこに見える石碑は何か」と言った。町の人々は、「神の人の墓です。この人はユダから来て、あなたがベテルの祭壇になさったことを予告しました」と答えたので、
23:18 彼は、「そのままにしておくがよい。だれもその骨に触れるな」と言った。こうして人々は、サマリアから来た預言者の骨とともに彼の骨をそのままにしておいた。
23:19 ヨシヤはまたサマリアの町々にあった聖なる高台の神殿をすべて取り除いた。これらはイスラエルの王たちが造って主の怒りを招いたものであった。彼はベテルで行ったのと全く同じようにこれらに対しても行った。
23:20 彼はそこにいた聖なる高台の祭司たちを一人残らずその祭壇の上で殺し、人の骨をそこで焼き、エルサレムに帰った。
23:21 王はすべての民に命じて言った。「この契約の書に記されているとおり、あなたたちの神、主の過越祭を祝え。」
23:22 士師たちがイスラエルを治めていた時代からこの方、イスラエルの王、ユダの王の時代を通じて、このような過越祭が祝われることはなかった。
23:23 ヨシヤ王の治世第十八年に、エルサレムでこの主の過越祭が祝われた。
23:24 ヨシヤはまた口寄せ、霊媒、テラフィム、偶像、ユダの地とエルサレムに見られる憎むべきものを一掃した。こうして彼は祭司ヒルキヤが主の神殿で見つけた書に記されている律法の言葉を実行した。
23:25 彼のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にはなかった。彼の後にも、彼のような王が立つことはなかった。
23:26 しかし、マナセの引き起こした主のすべての憤りのために、主はユダに向かって燃え上がった激しい怒りの炎を収めようとなさらなかった。
23:27 主は言われた。「わたしはイスラエルを退けたようにユダもわたしの前から退け、わたしが選んだこの都エルサレムも、わたしの名を置くと言ったこの神殿もわたしは忌み嫌う。」
23:28 ヨシヤの他の事績、彼の行ったすべての事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
23:29 彼の治世に、エジプトの王ファラオ・ネコが、アッシリアの王に向かってユーフラテス川を目指して上って来た。ヨシヤ王はこれを迎え撃とうとして出て行ったが、ネコは彼に出会うと、メギドで彼を殺した。
23:30 ヨシヤの家臣たちは戦死した王を戦車に乗せ、メギドからエルサレムに運び、彼の墓に葬った。国の民はヨシヤの子ヨアハズを選んで、油を注ぎ、父の代わりに王とした。

ユダの王ヨシヤは、神殿から発見された律法の書の言葉に従って、数々の偶像礼拝に関わるものを取り除き、一大宗教改革を行っていった。
その際、士師の時代以来行われることのなかった過ぎ越しの祭りが行われたと記されている。(20~21節)
それはつまり、この律法の書には、天地創生以来、神がイスラエルの民族を選び、アブラハムやイサク、ヤコブの時代を経て、ヨセフのエジプトでの治世やモーセによる出エジプトの歴史に関する事柄が記されていたということが伺えるのである。
主なる神がこの民を選び、救い、祝福して下さった数々の歴史、それが長い年月を経て、すっかり忘れ去られていたということなのである。
無理もない話しと言えばそれまでだが、イスラエルの民族にとって、モーセに導かれてエジプトから解放された歴史を思いこす過ぎ越しの祭と言えば、それこそがイスラエルの民族のアイデンティティでもあり、存在している理由でもある。
それが祝われていないということは、もはやイスラエルとは言えないということなのだ。
ヨシヤが行った宗教改革は、改革というよりも原点回帰、あるいは、本質を見出したということであろう。

我々クリスチャンにとって、過ぎ越しの祭りに相当するものとして、主の聖餐があげられる。
私たちは、主の贖いによって救われたもの、その事実を持ってはじめて「命ある者」となりうる。
その事実を聖餐の恵みを通して思い起こすのであり、自分が何者であるかということ、なぜ生きているのかということを知るのである。

そのような場として、毎週の礼拝が行われていることの意味を覚えたいものである。