ヨハネ6:16 夕方になったので、弟子たちは湖畔へ下りて行った。
6:17 そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとした。既に暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところには来ておられなかった。
6:18 強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。
6:19 二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。
6:20 イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない。」
6:21 そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。
イエス様の時代は、今のような電気やエンジンなどがある時代ではない。
おそらく、真っ暗な闇の中、弟子たちは湖畔から向こう岸の町カファルナウムへと向かったのだろう。
真っ暗な中、船を出すのは、もちろん危険も伴ったことと思うが、夕方以降の風向きがこの進路においては有益だったのかもしれない。
真っ暗でも、短時間で到達できる方法だったのかもしれない。
それでも、漁火程度の明かりは灯していたのだろう。
そんな薄暗い湖上をイエス様は歩いて近づいて来られたのである。
しかし、彼らがイエス様を迎え入れようとしたところ、船は目指す地に着いたという。
つまり、イエス様は湖上を全て歩いてこられたということだろか。
ひょっとしたら、イエス様は弟子たちを少し離れて、彼らの様子をずっと伺っていたのかもしれない。
そして、湖が荒れ始めた時、すっと助けの手をさし伸ばすように彼らに近づき、無事に向こう岸まで導かれるのである。
イエス様は、まるで子供が困った時に、そっと助けの手を差し出す親のように、優しいまなざしで私たちを見守っておられるのであろう。