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聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マルコ14:3 イエスがベタニアでらい病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。
14:4 そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。「なぜ、こんなに香油を無駄使いしたのか。
14:5 この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」そして、彼女を厳しくとがめた。
14:6 イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。
14:7 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。
14:8 この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。
14:9 はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」
14:10 十二人の一人イスカリオテのユダは、イエスを引き渡そうとして、祭司長たちのところへ出かけて行った。
14:11 彼らはそれを聞いて喜び、金を与える約束をした。そこでユダは、どうすれば折よくイエスを引き渡せるかとねらっていた。

一人の女性がイエス様に高価な香油を注いだ時、そこにいた人たちは「なぜ、こんなに香油を無駄使いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」とつぶやいているが、これこそ「心にもないことを言う」であり、同時に「できもしないことを言う」であると言えるだろう。

今年の教会の標語は「私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。」1ヨハネ3章18節であるが、口先だけの愛ではなく、本当の愛を示すことのできる者になりたいと願わされる。

ところで、今日の日課のテキストは、なぜ11節までなのだろうかと考えた。
きっと、3~9節までのことと無関係ではあるまい。
おそらく、香注ぎの出来事とユダの裏切りが関連しているということであろう。
つまり、イエス様は、高価な香油よりもはるかに値高い命を売り渡し、貧しい者たちの命を買い取られたお方であるということであろう。

イエス様は私たちには「思いもつかないこと」「できもしないこと」をなさったお方なのである。