1サムエル1:21 さて、夫エルカナが家族と共に年ごとのいけにえと自分の満願の献げ物を主にささげるために上って行こうとしたとき、
1:22 ハンナは行こうとせず、夫に言った。「この子が乳離れしてから、一緒に主の御顔を仰ぎに行きます。そこにこの子をいつまでもとどまらせましょう。」
1:23 夫エルカナは妻に言った。「あなたがよいと思うようにしなさい。この子が乳離れするまで待つがよい。主がそのことを成就してくださるように。」ハンナはとどまって子に乳を与え、乳離れするまで育てた。
1:24 乳離れした後、ハンナは三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行った。この子は幼子にすぎなかったが、
1:25 人々は雄牛を屠り、その子をエリのもとに連れて行った。
1:26 ハンナは言った。「祭司様、あなたは生きておられます。わたしは、ここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です。
1:27 わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。
1:28 わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。」彼らはそこで主を礼拝した。
新年キャンプに、ある母子が参加している。若いお母さんと4歳の女の子。
この4歳の女の子がとても礼儀正しく、かわいらしい。
きっと、愛情たっぷりに育てられているのだろう。
しかし、だからといって、娘を溺愛している様子ではない。
押さえところをしっかり押さえ、なおかつ、しっかりとかわいがってあげているのだろう。
ハンナはサムエルを一人前の祭司となるように、あわてず、まずじっくりと人として育ててから、それから、主なる神の働きのために捧げようと思ったのかもしれない。
まずは人である。
それから、その人が主を信じて、主に対する信仰によって、主に従って生きていけるように、信仰を押し付けるのではなく、子供たちが自分の心で主を仰ぎ見ていくことができるように、子供たちを育てて行きたいものである。