創世記50章1~14節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記50:1 ヨセフは父の顔に伏して泣き、口づけした。
50:2 ヨセフは自分の侍医たちに、父のなきがらに薬を塗り、防腐処置をするように命じたので、医者はイスラエルにその処置をした。
50:3 そのために四十日を費やした。この処置をするにはそれだけの日数が必要であった。エジプト人は七十日の間喪に服した。
50:4 喪が明けると、ヨセフはファラオの宮廷に願い出た。「ぜひともよろしくファラオにお取り次ぎください。
50:5 実は、父がわたしに誓わせて、『わたしは間もなく死ぬ。そのときは、カナンの土地に用意してある墓にわたしを葬ってくれ』と申しました。ですから、どうか父を葬りに行かせてください。わたしはまた帰って参ります。」
50:6 ファラオは答えた。「父上が誓わせたとおりに、葬りに行って来るがよい。」
50:7 ヨセフは父を葬りに上って行った。ヨセフと共に上って行ったのは、ファラオの宮廷の元老である重臣たちすべてとエジプトの国の長老たちすべて、
50:8 それにヨセフの家族全員と彼の兄弟たち、および父の一族であった。ただ幼児と、羊と牛の群れはゴシェンの地域に残した。
50:9 また戦車も騎兵も共に上って行ったので、それはまことに盛大な行列となった。
50:10 一行はヨルダン川の東側にあるゴレン・アタドに着き、そこで非常に荘厳な葬儀を行った。父の追悼の儀式は七日間にわたって行われた。
50:11 その土地に住んでいるカナン人たちは、ゴレン・アタドで行われた追悼の儀式を見て、「あれは、エジプト流の盛大な追悼の儀式だ」と言った。それゆえ、その場所の名は、アベル・ミツライム(エジプト流の追悼の儀式)と呼ばれるようになった。それは、ヨルダン川の東側にある。
50:12 それから、ヤコブの息子たちは父に命じられたとおりに行った。
50:13 すなわち、ヤコブの息子たちは、父のなきがらをカナンの土地に運び、マクペラの畑の洞穴に葬った。それは、アブラハムがマムレの前にある畑とともにヘト人エフロンから買い取り、墓地として所有するようになったものである。
50:14 ヨセフは父を葬った後、兄弟たちをはじめ、父を葬るために一緒に上って来たすべての人々と共にエジプトに帰った。

ヨセフは、父イスラエルの葬りのためにファラオに申し出て、故郷の墓地へイスラエルの遺体を葬るために出かけていった。
それは、非常に荘厳な儀式であったと記されている。

聖書において、葬儀に関する記述は他にも幾つかあるが、戦車も騎兵も共に隊列を組んで、葬儀が行われたほど、この時の荘厳さは、他とは比べ物にならないものであったであろう。
それほどに、ヨセフは父イスラエルを愛し、大切に思っていたということでもあろう。
しかし、そもそも葬儀というのは、遺族が召された人を偲んで行う儀式であり、既に召された者にとって、それがどれほど壮大であろうと、質素なものであろうと、実は全く関係がない。
大切なことは、残された遺族が慰められ、癒されるために行われていると言える。
イスラエルの場合、ヨセフに故郷の墓地に葬ってほしいと頼んではいるが、軍隊をも引き連れて、荘厳な葬儀をして欲しいとまでは望んでもいなかっただろう。
しかし、ヨセフは、そうしたかったのである。
だから、この葬儀は、ヨセフのためでもあった。


教会で行われる葬儀について、時々いろんな質問を受けることがある。
しかし、聖書には、葬儀に関し、どうするべきかということについて述べられている箇所は見当たらない。
遺族が慰めを受けるように葬りがなされれば、それで良い。

私が死んだら、普通の礼拝の中で簡単に報告してくれればいい、と私の家族には言っているが、どうするかは、残された家族が考えること。
それよりも、今、家族を愛し、祝福された家庭を保っていくことが大切なのだと思う。