ミカ6:9 主の御声は都に向かって呼ばわる。御名を畏れ敬うことこそ賢明である。聞け、ユダの部族とその集会よ。
6:10 まだ、わたしは忍ばねばならないのか神に逆らう者の家、不正に蓄えた富呪われた、容量の足りない升を。
6:11 わたしは認めえようか不正な天秤、偽りの重り石の袋を。
6:12 都の金持ちは不法で満ち、住民は偽りを語る。彼らの口には欺く舌がある。
6:13 わたしも、お前を撃って病気にかからせ罪のゆえに滅ぼす。
6:14 お前は食べても飽くことなく、空腹が取りつく。持ち物を運び出しても、それを救いえず救い出しても、わたしはそれを剣に渡す。
6:15 お前は種を蒔いても、刈り入れることなくオリーブの実を踏んでもその油を身に塗ることはない。新しいぶどうを搾ってもその酒を飲むことはない。
6:16 お前はオムリの定めたことアハブの家のすべてのならわしを保ちそのたくらみに従って歩んだ。そのため、わたしはお前を荒れるにまかせ都の住民を嘲りの的とした。お前たちはわが民の恥を負わねばならぬ。
人が集まるところにはお金が集まり、お金が集まるところには、さらに人が集まってくる。
都会とは、そういうところなのかもしれない。
しかしそこには、多くの人たちの富に対するかけひきや、時に騙しあい、奪い合い、醜い争いが生じることもあるだろう。
そんな都会のストレスに疲れて、田舎暮らしを始める人も増えているようである。
昨日、ある人と「蒜山で暮らしている人たちは、みんな、のんびりしているし、不思議と、若く見えますよね」などと話をした。
人も少なく、富も少ないところでは、騙しあったり、奪い合ったり、そんなことをしていては生きていけないし、誰もが助け合い、仲むつまじく暮らしている。
都会の生活は確かに便利かもしれない。
でも、それが本当に幸せなのだろうか。
田舎で暮らすようになってから、つくずくそんな風に思う。