ルカ9章7~9節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルカ9:7 ところで、領主ヘロデは、これらの出来事をすべて聞いて戸惑った。というのは、イエスについて、「ヨハネが死者の中から生き返ったのだ」と言う人もいれば、
9:8 「エリヤが現れたのだ」と言う人もいて、更に、「だれか昔の預言者が生き返ったのだ」と言う人もいたからである。
9:9 しかし、ヘロデは言った。「ヨハネなら、わたしが首をはねた。いったい、何者だろう。耳に入ってくるこんなうわさの主は。」そして、イエスに会ってみたいと思った。

ヘロデの戸惑いは、人々の間で評判になっているイエス様をどう捉えたら良いか、ヨハネに対してしたように、迫害の手を差し向けるべきか、それとも、手厚く保護し、自分の利益となるようにすべきか、どちらにすれば良いだろうかというものであったのだろう。
これ以上、人々の信頼を寄せるようなことになって、絶大な支持を得られても困るし、さりとて、簡単に殺してしまっては、イエス様の持っている力を利用できなくなるし、様々な思いの中で、しかし、はっきりしていたのは、己の利得、利益を守ることにのみ、心を悩ませていたことであろう。

己の利得、利益ばかりに心を囚われて悩んでいる間は、決してまともな解決は与えられない。なぜなら、どっちに転んでも、罪のもたらす報酬を招くだけだからである。

ローマ6:20 あなたがたは、罪の奴隷であったときは、義に対しては自由の身でした。
6:21 では、そのころ、どんな実りがありましたか。あなたがたが今では恥ずかしいと思うものです。それらの行き着くところは、死にほかならない。
6:22 あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。
6:23 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。

この御言葉を心に留めておきたいものである。