ルカ8:16 「ともし火をともして、それを器で覆い隠したり、寝台の下に置いたりする人はいない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。
8:17 隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。
8:18 だから、どう聞くべきかに注意しなさい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っていると思うものまでも取り上げられる。」
他人に見せるべきものと、見せるべきではないものの二種類がある。
信仰の証は、その前者であるといえよう。
しかし、それが本当に信仰の証であるかどうかということは、よくよく吟味しなければならない。
たとえば、自分の能力や業を自慢するものであったり、他人が見て不愉快になるようなものは、見せるべきではないものであろう。
しかし、本当の証は違う。
それを見せたとき、あがめられるのは、主イエス・キリストの十字架の御業だけであるからである。
主の御名がほめたたえられるように、私たちの信仰も、公に表していくことができるように望むも。