ルカ8:1 すぐその後、イエスは神の国を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村を巡って旅を続けられた。十二人も一緒だった。
8:2 悪霊を追い出して病気をいやしていただいた何人かの婦人たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア、
8:3 ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナ、そのほか多くの婦人たちも一緒であった。彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた。
常時イエス様に付き従っていった人たちの中に、12人の使徒たち以外に、何人かの女性たちがいたようである。
12人の弟子たちが「何もかも捨てて従った」のとは対照的に、彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、彼らに奉仕していたのである。
実際、このような集団が宣教の働きを続けていくことを考えるなら、こういった女性たちの行動のほうが実際的で役に立つことも多かったことだろう。
教会の働きをを考えるときも、なんらかの集会や行事などを計画するときなど、飲み食いのこと、身の回りのお世話など、女性たちの活躍の場は多い。
結局、人が生きていくために必要なことは、いつも女性たちの手によって支えられているということなのであろう。
そして、そのような働きを担う者たちをイエス様は従えていた。
つまり、彼らの働きを必要とし、尊重していたということであろう。
もっとも、イエス様ご自身には、そのような必要はなかったのかもしれない。
けれども、イエス様に従った弟子たちや、イエス様の周りに集まってくる者たちは、彼女らの働きを必要としていたのである。
今日から小学生キャンプが始まる。
食事の準備や身の回りのお世話など、御言葉のご用に比べれば、そほど重要とは思われない働きかもしれないが、イエス様はこのような働きに携わる者たちを必要とし、用いて下さるお方。
逆に言えば、イエス様は、常にこのような働きを担う者と共にいらっしゃるのであろう。