コヘレト4:1 わたしは改めて、太陽の下に行われる虐げのすべてを見た。見よ、虐げられる人の涙を。彼らを慰める者はない。見よ、虐げる者の手にある力を。彼らを慰める者はない。
4:2 既に死んだ人を、幸いだと言おう。更に生きて行かなければならない人よりは幸いだ。
4:3 いや、その両者よりも幸福なのは、生まれて来なかった者だ。太陽の下に起こる悪い業を見ていないのだから。
4:4 人間が才知を尽くして労苦するのは、仲間に対して競争心を燃やしているからだということも分かった。これまた空しく、風を追うようなことだ。
4:5 愚か者は手をつかねてその身を食いつぶす。
4:6 片手を満たして、憩いを得るのは両手を満たして、なお労苦するよりも良い。それは風を追うようなことだ。
この世の多くの虐げられている人たちのことを思うとき、心痛む気持ちがする。
しかし、虐げている人の側にも、そうせざるを得ない何らかの理由があるのかもしれない。本当は、そういう人たちが慰められる必要があるのかもしれない。
DV(ドメスティックバイオレンス家庭内暴力)などの問題も、もともとは、そういう家庭環境に育ったた人が多いと聞く。
もちろん、こういった負の連鎖は、どこかで断ち切っていかなければならないのだが、不幸なことに、増幅していく危険性も高い。
暴力と同様に、競い合い、争いあう社会の問題も深刻だ。
競争社会に終わりはない。勝利したと思える瞬間がないからだ。
だから、誰も心休まる時がない。
神様からの救いの手が差し伸べられなければ、人の世は、なんと不幸に満ちた悲しいものであろうか。