1ペトロ3:8 終わりに、皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい。
3:9 悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。
3:10 「命を愛し、幸せな日々を過ごしたい人は、舌を制して、悪を言わず、唇を閉じて、偽りを語らず、
3:11 悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求めよ。
3:12 主の目は正しい者に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。主の顔は悪事を働く者に対して向けられる。」
悪に対し、祝福をもって応えるということは、大変難しい業であろう。
おおくの場合、そのような善なる業も空しく悪者に利用されてしまうだけに終わってしまう事もあろう。
しかし、主なる神様は、あえてそのような生き方を勧めている。
なぜなら、そのような生き方に対する報いは、この世においてではなく、神の国において実現するからである。
逆に、この世において、どんなに快適で豊かな生活を得ることができたとしても、一方で、他者への愛や憐れみのない生き方を送っていたとするなら、それは、いかに貧しい人生であろうかと思う。
友を失い、愛する者も失ってしまうことになるのではなかろうか。
本当に大切なことは、神様に見出される事、認められること。
たとえこの世の富を失っても、それはやがて朽ちるもの。
永遠に朽ちる事のない、神様からの祝福を失わないために、どう生きるべきか。
忠実に御言葉に従っていける者でありたい。