エレミヤ43章8~13節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ43:8 主の言葉がタフパンヘスでエレミヤに臨んだ。
43:9 「大きな石を手に取り、ユダの人々の見ている前で、ファラオの宮殿の入り口の敷石の下にモルタルで埋め込み、
43:10 彼らに言いなさい。イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしは使者を遣わして、わたしの僕であるバビロンの王ネブカドレツァルを招き寄せ、彼の王座を、今埋めたこの大石の上に置く。彼は天蓋をその上に張る。
43:11 彼は来て、エジプトの地を撃ち、疫病に定められた者を疫病に、捕囚に定められた者を捕囚に、剣に定められた者を剣に渡す。
43:12 彼はエジプトの神殿に火を放ち、神殿を焼き払い、また神々を奪い去る。また羊飼いが上着のしらみを払い落とすように、エジプトの国土を打ち払って、安らかに引き揚げて行く。
43:13 また、エジプトの太陽の神殿のオベリスクを破壊し、エジプトの神々の神殿を火で焼き払う。」

エレミヤの預言に背き、エジプトへと逃れたユダの人々の上に、再びバビロンの王ネブカドレツァルの軍が攻め寄せ、彼らを打ち砕いてしまうであろう事が告げられています。
しかも、それは、エジプトの王宮や神殿にまで破壊が及び、その後は、何事もなかったかのように再びバビロンへと帰ってしまうであろうというのです。
つまり、バビロンは、決してエジプトへの進出を目論んでいるのではなく、文字通り神のしもべとして、神に背いたユダの人々への懲らしめのためにエジプトに攻めこんできただけであるということなのでしょう。
それはまさに「羊飼いが上着のしらみを払い落とすように」という表現にふさわしいものかもしれません。
しかし、羊飼いは、ただ上着のしらみを払い落としただけのように見えるのですが、それは上着を大事にしているからこそであり、今後も大切に用いたいからなのでしょう。
上着が汚れれば、払って汚れを落とす。
なんでもないようなことですが、無意識のうちに行っているようなことの中にも、主の眼差しを覚える事ができれば幸いです。