エレミヤ40:7 野にいたすべての軍の長たちはその部下と共に、バビロンの王がアヒカムの子ゲダルヤをその地に立てて総督とし、バビロンに移送されなかったその土地の貧しい人々に属する男、女、子供たちを彼のもとにゆだねたことを聞き、
40:8 ミツパにいるゲダルヤのもとに集って来た。それはネタンヤの子イシュマエル、カレアの二人の子ヨハナンとヨナタン、およびタンフメトの子セラヤ、ネトファ人エファイの一族、マアカ人の子であるエザンヤとその部下たちであった。
40:9 シャファンの孫でアヒカムの子であるゲダルヤは、彼らとその部下たちに誓って言った。「カルデア人に仕えることを恐れてはならない。この地にとどまり、バビロンの王に仕えなさい。あなたたちは幸せになる。
40:10 このわたしがミツパにいて、やがて到着するカルデア人と応対しよう。あなたたちはぶどう酒、夏の果物、油などを集めて貯蔵し、自分たちの確保している町々にとどまりなさい。」
40:11 モアブ、アンモン、エドム、その他の国々にいたユダヤ人たちも皆、バビロンの王が、ユダに残留者を認め、シャファンの孫でアヒカムの子であるゲダルヤに、彼らの監督をゆだねたことを聞いた。
40:12 そこで、ユダの人々は皆、それぞれの避難先から引き揚げて、ユダの地に戻り、ミツパのゲダルヤのもとに来た。彼らは、ぶどう酒と夏の果物を多く集めた。
ユダの多くの者たちが、バビロンの地へ補囚として連れ去られたにも関わらず、貧しい者たちは、ユダの地に留まる事を赦され、しかも、バビロンの軍隊の長たちからも、護衛を申し出られるほどに憐れみを受けていた。
何故このような違いがあったのだろうか。
決して彼らは、優秀な者たちではなかったかもしれない。
しかし、彼らはおそらく、ユダの民の間でも、また、バビロンの人たちの前でも、常に変わることなく従順であったのだろう。
それゆえ、富める者や権力を持つものたちから搾取されていたのかもしれない。
そういう意味では、バビロンの取った政策は、非常に公正な裁きであり、虐げられていたものたちにとっては、福音であったことだろう。
このようなバビロンの態度は、まさに主なる神様の義に通じるものである。
主なる神様がバビロンを用いられた証であると言えよう。
私たちも、ここから学ぶべき事、バビロンの政策から学ぶ事は多いように思う。