ガラテヤ1:6 キリストの恵みへ招いてくださった方から、あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています。
1:7 ほかの福音といっても、もう一つ別の福音があるわけではなく、ある人々があなたがたを惑わし、キリストの福音を覆そうとしているにすぎないのです。
1:8 しかし、たとえわたしたち自身であれ、天使であれ、わたしたちがあなたがたに告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば、呪われるがよい。
1:9 わたしたちが前にも言っておいたように、今また、わたしは繰り返して言います。あなたがたが受けたものに反する福音を告げ知らせる者がいれば、呪われるがよい。
1:10 こんなことを言って、今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは、何とかして人の気に入ろうとあくせくしているのでしょうか。もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません。
聖書に記されている福音の言葉とは、神の御子イエス・キリストによる十字架の贖いによてもたらされた、何ら、行いや業を要求しない救いの約束である。
それは、私たちを救いうることのできる唯一の方法であり、この方以外に私たちの罪を清める方法や救いをもたらすものなどは存在しない。
だから、「ほかの福音」などというものはありえない。
ガラテヤの教会の人たちが追い求めた「他の福音」とは、かつてのイスラエルの民が大切にしていた律法の言葉に頼ることだったのかもしれない。
しかし、律法は福音とは違う。
むしろ、律法は、福音の言葉へと導くために必要な言葉であり、人間の罪の故に律法を守る事で救いに与ることはできなくなってしまった。
そこに神の恵みによる救いの手が差し伸べられているのである。
使徒4:12 ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」