アモス9:7 イスラエルの人々よ。わたしにとってお前たちはクシュの人々と変わりがないではないかと主は言われる。わたしはイスラエルをエジプトの地からペリシテ人をカフトルからアラム人をキルから、導き上ったではないか。
9:8 見よ、主なる神は罪に染まった王国に目を向けこれを地の面から絶たれる。ただし、わたしはヤコブの家を全滅させはしないと主は言われる。
9:9 見よ、わたしは命令を下しイスラエルの家を諸国民の間でふるいにかける。ふるいにかけても小石ひとつ地に落ちないように。
9:10 わが民の中で罪ある者は皆、剣で死ぬ。彼らは、災いは我々に及ばず近づくこともない、と言っている。
主なる神様は、イスラエルの民をエジプトの奴隷の状態から解放し、約束の地へと導いてくださった。
同じように、主なる神様は、御子キリストの贖いという多大な犠牲を支払って、私たちを罪の奴隷から解放し、永遠の命に与る約束を与えてくださったのである。
それなのに、贖われた者が、そうではない者と何ら変わらない生き方を続けているのだとしたら、なんと神様に対して申し訳ないことであろうか。
罪から贖いだされた者が、今なお罪の中にとどまり続けていてはならない。
ヨハネ8:10 イエスは身を起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」
8:11 彼女は言った。「だれもいません。」そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」
罪赦された者は、それがいかに大きな犠牲を伴うものであったかということを忘れてはならない。
それが私にできる唯一の応答ではないだろうか。