アモス6:9 もし、一軒の家に男が十人残っているなら、彼らも死ぬ。
6:10 親族と死体を焼く者が、彼らを家の中から運び出す。そのとき、一人が家の奥にいる者に、「まだ、あなたと共にいる者がいるのか」と尋ねると、「いない」と答え、「声を出すな、主の名を唱えるな」と言う。
6:11 見よ、主が命じられる。「大きな家を打って粉々にし小さな家をみじんにせよ。」
6:12 馬が岩の上を駆けるだろうか牛が海を耕すだろうか。お前たちは裁きを毒草に恵みの業の実を苦よもぎに変えた。
6:13 お前たちはロ・ダバル(空虚)を喜び「我々は自分の力でカルナイムを手に入れたではないか」と言う。
6:14 しかし、イスラエルの家よわたしはお前たちに対して一つの国を興す。彼らはレボ・ハマトからアラバの谷に至るまでお前たちを圧迫すると万軍の神なる主は言われる。
主の裁きは、かくも徹底的に成し遂げられる。
それほどに、イスラエルの犯した罪は大きかったということだろう。
馬が岩の上の駆けたり、牛が海を耕したり、そのような、いかにも理不尽な仕方で神様に背いたのは、イスラエルの方であった。
神を知らない民の暮らすところには、正義は捻じ曲げられていく。
そこでは、神の恵みですら、苦よもぎのごとく語られてしまうのである。
今、私たちの国はどうだろうか。
誰が聖書の御言葉に耳を傾けているだろうか。
自分には関係のないことと思う人もいれば、余計なおせっかい、あるいは、偽りの言葉で害悪をもたらすものであるかのように捉えている人もいるかもしれない。
しかし、そのような誤解している人たちにこそ、神の言葉が必要。
神の恵みが必要なのである。