アモス1章1~8節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

アモス1:1 テコアの牧者の一人であったアモスの言葉。それは、ユダの王ウジヤとイスラエルの王ヨアシュの子ヤロブアムの時代、あの地震の二年前に、イスラエルについて示されたものである。
1:2 彼は言った。主はシオンからほえたけりエルサレムから声をとどろかされる。羊飼いの牧草地は乾きカルメルの頂は枯れる。
1:3 主はこう言われる。ダマスコの三つの罪、四つの罪のゆえにわたしは決して赦さない。彼らが鉄の打穀板を用いギレアドを踏みにじったからだ。
1:4 わたしはハザエルの宮殿に火を放つ。火はベン・ハダドの城郭をなめ尽くす。
1:5 わたしはダマスコ城門のかんぬきを砕きビクアト・アベン(悪の谷)から支配者をベト・エデン(快楽の家)から王笏を持つ者を断つ。アラムの民はキルの地に捕らえられて行くと主は言われる。
1:6 主はこう言われる。ガザの三つの罪、四つの罪のゆえにわたしは決して赦さない。彼らがとりこにした者をすべてエドムに引き渡したからだ。
1:7 わたしはガザの城壁に火を放つ。火はその城郭をなめ尽くす。
1:8 わたしはアシュドドから支配者をアシュケロンから王笏を持つ者を断つ。また、手を返してエクロンを撃つ。ペリシテの残りの者も滅びると主なる神は言われる。

預言者アモスを通して語られたこの預言の言葉は、詩文形式で語られてはいるが、その中身は、非常に厳しい裁きの言葉で満ちている。
それほどに、イスラエルの民の犯していた罪が大きかったということであろうか。
あるいは、詩文形式が用いられていることは、イスラエルが後々の世代にも語り継ぎやすくするための工夫かもしれない。
いずれにせよ、厳しい内容であることには変わりはない。

イスラエルの犯した罪の類は、人を人とは思わぬ残虐な行為であると言えるだろう。
ダマスコの民は、ギレアドの民を容赦なく、まるで鉄の脱穀機を用いるかのように踏みにじり、ガザの民は、とりこにした民を全く顧みることなく、エドムに引渡し、人道のかけらもないほど、大きな罪を犯していたのである。
もはや、そのような民に国を治める王のような資格はなく、逆に、大きな裁きをうけることになる。

どんな立派な人でも、どんな偉大な働きに召されている人でも、このように、愛と配慮に欠ける行為を振舞い続けるならば、主なる神は、容赦なく裁きを告げられるのであろう。
しかし、それは、私たち人間に、愛の人になってもらいたいが故であることを忘れてはならない。

マタイ22:37 イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
22:38 これが最も重要な第一の掟である。
22:39 第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』
22:40 律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」

隣人を愛することは、すなわち、神を愛することにつながっているということを覚えておきたいものだ。