マルコ12:38 イエスは教えの中でこう言われた。「律法学者に気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、
12:39 会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、
12:40 また、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる。」
律法学者たちの態度は、とにかく、自分たちの栄光を見せびらかすことがすべてであった。
それは、自分の功績や、自分の栄光を追い求める姿に他ならない。
そこに、神への感謝や、神への賛美があるはずがない。
なぜなら、神よりも自分のほうが尊ばれるべきと考えているからである。
人間の功績や栄光を頼りに生きていこうとするなら、やがて、神の御国に至るときに、その持っているものに応じて、祝福の度合いが異なってくるであろう。
人間の功績によるものならば、それに似合ったもの。
しかし、私たちは、主なる神の御子イエス・キリストの血によって支払われた、尊い贖いの代価に相当する祝福を頂く。
私はそのお方に栄光を帰すものでありたい。