ヨハネ18章1~11節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨハネ18:1 こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。
18:2 イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。
18:3 それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。
18:4 イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。
18:5 彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。
18:6 イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。
18:7 そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。
18:8 すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」
18:9 それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。
18:10 シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。
18:11 イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」

この4月から新しい職場に変わった。
念願の書斎つきである。
ところが、前任の先生が、引っ越し前の荷物の片付けの際に、おそらく処分に困ったのだろう、書斎の机の目の前の壁に、なにやらサーベルらしいものを飾り付けていかれた。
噂では、この辺りは、かつて軍の演習地だったらしく、時々土の中から砲弾のかけらや、不発弾のようなものが掘り起こされたことがあるらしい。
このサーベルもそうなのかもしれない。
もちろん、貴重なものであるのかもしれないが、何も、聖書の御言葉を伝える働きをする者の書斎の、しかも机のまん前に置かなくても良いように思うのだが…。
私は、どうしても「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。」という御言葉を思い浮かべてしまうため、その日のうちに取り外し、処分してしまった。
仮に、そのサーベルがどんなに価値のあるものであったとしても、この職場には不必要である。
それよりも、私たちのために十字架にかけられて殺され、神がお与えになった杯(与えられた職務)をまっとうして行かれたイエス様のごとく、私に与えられた杯もまっとうしていくことができるようにと望むものである。