ヨブ41:1 勝ち目があると思っても、落胆するだけだ。見ただけでも打ちのめされるほどなのだから。
41:2 彼を挑発するほど勇猛な者はいまい。いるなら、わたしの前に立て。
41:3 あえてわたしの前に立つ者があればその者には褒美を与えよう。天の下にあるすべてのものはわたしのものだ。
41:4 彼のからだの各部についてわたしは黙ってはいられない。力のこもった背と見事な体格について。
41:5 誰が彼の身ごしらえを正面から解き上下の顎の間に押し入ることができようか。
41:6 誰がその顔の扉を開くことができようか。歯の周りには殺気がある。
41:7 背中は盾の列封印され、固く閉ざされている。
41:8 その盾は次々と連なって風の吹き込む透き間もない。
ヨブ記40~41章にかけて記されている「レビヤタン」という生き物が、何を指しているのかは不明だが、おおよそ、ワニのような獰猛な動物を指し示しているように思える。
人は、全ての被造物の頂点に立つ存在であるかのように錯覚しているが、これらの動物の前に一人立たされれば、自分がいかに弱く、非力な存在であるかを思い知らされるはずである。
神が創造された動物たちの前ですら、そのようなのだから、ましてや、これらを創られた神の御前に立つならば、自分がいかに小さく貧しい存在であるかということを知らなければなるまい。
自分の弱さを知るということは、決して自己卑下であったり、消極的な考え方をするのではない。
むしろ、真実と向き合う勇気、神に助けを求める心、謙遜、それこそ、本当の意味での強さであると思う。
自分が弱く小さな者であるという真実に正面から向き合い、神の救いに与らせていただいた幸いを感謝する者でありたい。