使徒1章1~11節、エフェソ1章15~23節、ルカ24章44~53節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルカ24:44 イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」
24:45 そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、
24:46 言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。
24:47 また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、
24:48 あなたがたはこれらのことの証人となる。
24:49 わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」
24:50 イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。
24:51 そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。
24:52 彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、
24:53 絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。

主イエス様は、地上でのご生涯を過ごされたとき、数々の奇跡やしるしを行われ、ご自分が真の神であられることをお示しになった。
そして、十字架で死なれ、三日目によみがえり、この方が真の救い主であられるということもお示しになられた。
しかし、その後、天に昇られ、今は私たちの目の前に見ることはできない。
イエス様は、心の目を開き、信仰を持って、信じることでしかお会いすることはできない。
しかし、本日の御言葉には、大きな慰めを得ることのできる表現がある。

24:45 そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて

そう、私たちの心の目を開いてくださるのは、実にイエス様ご自身であり、そのことによって、聖書の御言葉も悟ることができるようになるのである。
イエス様を信じることができるようになるのもまた神の恵みであるということ。
だから、私たちが主イエス様を信じることができるようになったことも、神の栄光の現れであるということに他ならないのだ。

エフェソ1:15 こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、
1:16 祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。
1:17 どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、
1:18 心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。
1:19 また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。
1:20 神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、
1:21 すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。
1:22 神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。
1:23 教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。

私たちが聖書の御言葉に聞き、心の目を開いて頂き、信仰を持って主イエス様を信じることができることは、まさに、神の栄光の現れている証なのである。
神に栄光!