ハバクク1:12 主よ、あなたは永遠の昔から わが神、わが聖なる方ではありませんか。我々は死ぬことはありません。主よ、あなたは我々を裁くために 彼らを備えられた。岩なる神よ、あなたは我々を懲らしめるため 彼らを立てられた。
1:13 あなたの目は悪を見るにはあまりに清い。人の労苦に目を留めながら捨てて置かれることはない。それなのになぜ、欺く者に目を留めながら黙っておられるのですか 神に逆らう者が、自分より正しい者を呑み込んでいるのに。
預言者ハバククは、イスラエルの民が神の御前に罪を犯し、裁きを免れられないことは覚悟していました。
しかし、その裁きに用いられる器は、イスラエルの民よりも、さらに罪深いカルデア人であるという事実が、ハバククの心を苦しめていたようです。
何ゆえ、聖なるお方が、その聖なる裁きを行われる際、汚れたものを用いられるのか。
神のなさることは、ハバククにとっては、なんとも理不尽なことのように思えたことでしょう。
しかし、主なる神様は、イスラエルの救いのために必要であるからこそ、あえて、このような方法をもお用いになられるのです。
マルコ9:38 ヨハネがイエスに言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」
9:39 イエスは言われた。「やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。
9:40 わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。
9:41 はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける。」
フィリピ1:15 キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。
1:16 一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、
1:17 他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。
1:18 だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。
大切なことは、誰が宣べ伝えるかではなく、何が宣べ伝えられているか、誰のことについて証されているかなのです。