ローマ8:26 同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。
8:27 人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。
8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。
8:29 神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。
8:30 神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。
どう祈ったらよいかわからない時、神の霊が私たちのためにとりなして下さるとは、何と大きな慰めだろうと思います。
実際、何度、この御言葉によって励まされてきたことかと思います。
しかし、ここで覚えておきたいのは、人の心を見抜く方は、”霊”の思いが何であるかを知ってくださり、その霊が切実に求めていることに対して、とりなし、助けてくださるということです。つまり、それは、肉の思い、罪人である人間のよこしまな欲望を満たすために働かれるのではないということです。
霊の思い、それは、イエス様を信じるか信じないかに関わらず、心の奥底で、きっと誰もが「助けてもらいたい」「救われたい」「生きたい」と願っているものでしょう。神の霊は、その霊の求めをご存知で、その求めに対し、とりなしていて下さるのです。
私たちは、その点で「万事益としてくださる」神の御業に期待するものです。
肉の欲望を満たしてもらうのではなく、神のご計画通りに、万事、益として下さいますように。