ヘブル1:1 神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、
1:2 この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。
1:3 御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。
1:4 御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。
1節の個所には、主なる神様が、かつて聖書における預言者たちを通して、多くのかたちで、多くのしかたで語られたということが記されています。
新改訳聖書にでは「多くの部分に分け、いろいろな方法で」語られたと訳されており、旧約聖書の様々な書簡やそれを記した預言者たち、あるいは、そこに記されている事柄の多種多様な神の証の言葉を示す表現であると言えるでしょう。
ある人が「聖書は誰か一人が考え出して作り出された本だろう」と言っていたことがありますが、聖書を読めば、これがいかに複雑な本であり、決して一人の著者によって書かれたような本ではないことは明らかなことで、だからこそ、いろいろな時代の異なる環境に置かれていた人たちが、見て、聞いて、経験したことから、生きておられる神様の御言葉を書き記し、それらが一体となって聖書を形作っていると言えるのだろうと思うのです。
そして、その聖書に記されている内容は、一貫して、神の救いのご計画に関することであり、神の御子イエス・キリストの預言と、そのキリストによる救いの証こそが徹底して語られていると言えるのです。
そう考えていくとき、聖書は神の御言葉そのものであり、御子イエス・キリストそのものであるとも言えるのではないでしょうか。
御子は神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れである。
実に、聖書の御言葉もそのようなものであることを覚え、真摯に御言葉に聞いていくことができるよう努めていきたいものです。