列王記上19章9~18節、ローマ8章28~39節、マタイ20章20~28節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ローマ8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。
8:29 神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。
8:30 神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。
8:31 では、これらのことについて何と言ったらよいだろうか。もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。
8:32 わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。
8:33 だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。
8:34 だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。
8:35 だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。
8:36 「わたしたちは、あなたのために一日中死にさらされ、屠られる羊のように見られている」と書いてあるとおりです。
8:37 しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。
8:38 わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、
8:39 高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。

昨日から蒜山バイブルキャンプで行われている小学生キャンプに来ている。
春の連休で一緒にキャンプで過ごした家族、昨年のキャンプでも神戸の教会のスタッフの方々、久しぶりにお会いした青年キャンプ時代の友達など、懐かしい顔ぶれとお会いできてとても嬉しい。
そして、思いがけず、一緒に香港にも出かけたモンゴルからの留学生とも出会った。
かつて日本で学び、今、ノルウェーの神学校で学んでいるらしい。
結婚されたばかりのノルウェー人の神学生と一緒に日本を旅行中なのだそうだ。
久しぶりに再開した時は、どんな風にお話ししたらよいか迷ったが、私たちがテントを張るスペースの掃除をしてくれたり、一生懸命、キャンプのお手伝いをしている姿を見ていると「ああ、この人も神様に召された人なのだなあ」と思わされる。
キャンプに参加する子供たち、お世話をするスタッフ、そして、私たち家族も含め、皆同じ聖域で神の恵みの中で生きている。