申命記27章9~26節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記27:9 モーセは、レビ人である祭司と共に全イスラエルに向かって告げた。イスラエルよ、静かにして聞きなさい。あなたは今日、あなたの神、主の民とされた。
27:10 あなたの神、主の御声に聞き従い、今日わたしが命じる戒めと掟を行わねばならない。
27:11 その日、モーセは民にこう命じた。
27:12 あなたたちがヨルダン川を渡ったならば、民を祝福するために、シメオン、レビ、ユダ、イサカル、ヨセフ、ベニヤミンはゲリジム山に立ち、
27:13 また呪うために、ルベン、ガド、アシェル、ゼブルン、ダン、ナフタリはエバル山に立ちなさい。
27:14 レビ人は、大声でイスラエルの人すべてに向かって宣言しなければならない。
27:15 「職人の手の業にすぎぬ彫像や鋳像は主のいとわれるものであり、これを造り、ひそかに安置する者は呪われる。」それに答えて、民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:16 「父母を軽んずる者は、呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:17 「隣人との地境を動かす者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:18 「盲人を道に迷わせる者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:19 「寄留者、孤児、寡婦の権利をゆがめる者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:20 「父の妻と寝る者は呪われる。父の衣の裾をあらわにするからである。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:21 「どんな獣とも寝る者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:22 「異母姉妹であれ、異父姉妹であれ、自分の姉妹と寝る者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:23 「妻の母と寝る者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:24 「隣人をひそかに打ち殺す者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:25 「賄賂を取って、人を打ち殺して罪のない人の血を流す者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。
27:26 「この律法の言葉を守り行わない者は呪われる。」民は皆、「アーメン」と言わねばならない。

モーセは、イスラエルの民に御言葉を告げる時、まず「静かにして」それから聞くようにに諭している。
主の御言葉とは、まず祈りから始まり、祈りに続いて聞かれるべきものなのだろう。
確かに、日常の喧騒の中にいると、なかなか御言葉を落ち着いて聞くことは難しいし、聞いても、それをすぐに忘れてしまうこともある。
心静めて、ただ主に心を向けて聞くことが大切なのだろう。

続いてモーセは、イスラエルの12の部族に、祝福とのろいの言葉を託している。
ここで、二つのグループに分けられているのは、おおよそ、約束の地における割り当て地と地理的に関係しているように見える。
つまり、約束の地に入る前、ヨルダン川の東岸で、放牧に適しているからという理由で妥協したルベンとガドの部族、それに比較的緑豊かな北方地域のアシェル、ゼブルン、ダンナフタリには、すでに豊かさな土地を得ているのだから、あとは、のろいを語るしかないということだろうか。彼らには、主にのろいの言葉を語ることが命じられている。
一方、シメオン、レビ、ユダ、イサカル、ヨセフ、ベニヤミンの部族は、祝福の言葉を語るよう命じられており、マナセの半部族とエフライムをヨセフの一族とするとき、ほぼ、南方のヨルダン川西岸の山岳地帯に集中していることがうかがえる。
まさに、荒野のような地において、神の祝福を頼り求めていかなければ生きて行けないような所だからこそ、祝福の言葉を語るように命じられているのかもしれない。
あとに続く戒めの言葉は、おおよそ、偶像礼拝や姦淫の罪を戒めるものであるが、偶像礼拝や姦淫の罪はいずれも、本来愛すべきものを愛さないという意味で根本的に同じ種類の罪であると言え、究極的には「ただ主なる神を愛せよ」という戒めに帰結するのである。
物質的な豊かさ、目に見える祝福に心奪われず、本当に幸いな命の恵みを与えてくださる主をのみ愛することができますように。