申命記11章1~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記11:1 あなたは、あなたの神、主を愛し、その命令、掟、法および戒めを常に守りなさい。
11:2 あなたたちは、あなたたちの神、主の訓練を知ることも見ることもない子孫とは違うことを、今日知らねばならない。その大いなる御業、強い御手と伸ばされた御腕、
11:3 エジプトの中でエジプトの王ファラオとその全土に対してなさったしるしと御業、
11:4 エジプト軍、その馬と戦車に対してなさったこと、すなわち彼らがあなたたちを追撃して来たとき、主が彼らの上に葦の海の水を溢れさせて滅ぼし、今日に至っていること、
11:5 あなたたちがここに来るまで主が荒れ野でなさったこと、
11:6 また、ルベンの孫で、エリアブの子であるダタンとアビラムになさったこと、すなわち、大地が口を開けて、彼らとその家、その天幕、および全イスラエルの中で彼らと行を共にした者を皆、呑み込んだことなど、
11:7 主のなさった大いなる御業をすべて、あなたたちは自分の目で見てきた。

イスラエルの民にとって、出エジプトの出来事は、神の大いなる御業を直接体感することのできた経験であり、主なる神が生きておられることの確かな証であったと言えます。
しかし、時代が変わり、次第にこの経験を知らない世代が増えるにつれ、このような状況は少しずつ変わっていきます。

かつて、ある年配の方が私に向かって「あなたたちは、戦後の貧しい頃のことを知らないでしょう」とおっしゃったことがあります。気持ちは分からないわけではありませんが、私たちは知りたくても知ることなどできないですし、今の時代を生きる者には、今の世代の人間にしか味わえない苦労や不安もあり、一概に、どちらが辛いとか言えるようなものではないと思うのです。
ただ、かつて、そういう時代があったから、今の時代があるということは理解できるということなのです。
戦争で多くの方々が亡くなられたから、二度と戦争を起してはならないと思いますし、多くの方々の苦労の上に、現代の豊かな暮らしがあるということも感謝するものです。
イスラエルの新しい世代の者にとって、出エジプトは、直接経験することのできない事柄であったにしても、それがなければ、今の自分達はなかったはずであり、決して忘れてはならない、感謝すべき出来事であったことでしょう。
この出来事があるから、今、私も存在する。
神様の救いの御業を、そのように受け留めて行くことのできる者でありたいものです。