2ペテロ1章16~21節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

2ペテロ1:16 わたしたちの主イエス・キリストの力に満ちた来臨を知らせるのに、わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。わたしたちは、キリストの威光を目撃したのです。
1:17 荘厳な栄光の中から、「これはわたしの愛する子。わたしの心に適う者」というような声があって、主イエスは父である神から誉れと栄光をお受けになりました。
1:18 わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです。
1:19 こうして、わたしたちには、預言の言葉はいっそう確かなものとなっています。夜が明け、明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。
1:20 何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。
1:21 なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。

つい最近、スタディバイブルという注解つきの聖書を購入しました。
聖書を読んでいて、ちょっとわかりにくい箇所があっても、すぐ横の欄に解説が記されているので、とてもわかりやすく聖書を読み進めていくことができます。
本日の箇所も、聖書を読んでいただけでは気づかなかったことが一つありました。
19節の「明けの明星」と訳されている箇所です。
スタディバイブルの解説によると、この言葉は、本来「光をもたらすもの」という意味を持つ言葉なのだそうで、イエス様の来臨によってもたらされる光を表すものであるならば、「明けの明星」よりも、「朝焼けの太陽」といった表現の方がふさわしいように思いました。
イエス様は、朝日が昇り、その姿がかき消されてしまうような「明けの明星」ではなく、光そのもの、つまり、「朝焼けの太陽」のようなものであると。

聖書の御言葉に「聞く」ということは、自分の思い込みに頼らず、語られている言葉によく耳を傾け、わからない表現は、適当な注解書などを用いて読み進めていくことが大切と思います。そういう点で、今回発売されたスタディバイブルはお勧めです。(ちょっと高いけど・・・)

聖書が書かれたとき、使徒たちの上に聖霊が働いて書き留められたのと同じように、今、御言葉を聞く私たちの上にも聖霊が働いて理解に至らしめてくださることを覚え、知ったかぶりをせず、謙遜に御言葉に聞き続けていくものでありたいものです。