詩篇68:2 神は立ち上がり、敵を散らされる。神を憎む者は御前から逃げ去る。
68:3 煙は必ず吹き払われ、蝋は火の前に溶ける。神に逆らう者は必ず御前に滅び去る。
68:4 神に従う人は誇らかに喜び祝い 御前に喜び祝って楽しむ。
68:5 神に向かって歌え、御名をほめ歌え。雲を駆って進む方に道を備えよ。その名を主と呼ぶ方の御前に喜び勇め。
68:6 神は聖なる宮にいます。みなしごの父となり やもめの訴えを取り上げてくださる。
クリスチャンであるかどうか、それは、イエス様を真の神と信じ、私の救い主であると告白するかどうかである。
どれくいらい誠実な人間であり、どれくらい奉仕をしたりしているかではない。
しかし、案外、頭ではわかっていても、実際の行動が伴わない場合がある。
結局、誰もが自分を認めてもらいたいと思うものだし、自分の思いが優先されていくとき、不平、不満、つぶやきや批判が生じていくのだと思う。
その時、その人が本当のクリスチャンであるかどうかが試されていく。
神から離れようとする者は、何らかの言い訳、理由を見出そうとしては、自分から離れて行こうとする。
しかし、本当のクリスチャンは、どんなことがあっても、どうにかして神様の御許に留まろうとするし、そのためのあらゆる手段を考慮しつつ、神の御言葉の前に立とうとするのである。
最も解りやすい例は、教会の礼拝に出席する態度ではないだろうか。
神様に近づこうとする者は、なんとかしてでも、礼拝に集い、御言葉に与ろうと願う一方、神様から離れようとする者は、なんとかして礼拝を休む理由を探しているのではなかろうか。あの人が悪いとか、教会のここが気に入らないとか、そういう事は、あなたと神様との交わりにおいて、何の関係もないことだし、むしろ、そのように考える思い自体を悔い改めなければならないと思う。
詩篇68:10 神よ、あなたは豊かに雨を賜り あなたの衰えていた嗣業を固く立てて
68:11 あなたの民の群れをその地に住ませてくださった。恵み深い神よ あなたは貧しい人にその地を備えられた。
神の御前に立つ者は、いつ、どこにあっても、あなた一人であるということ。
なぜなら、あなたの罪のために主が死なれたから。
信仰の基本は、ここにあることを思う。