日時:2006年9月24日
聖書箇所:歴代誌下34章
歴代誌下34:14 主の神殿に寄せられた献金が取り出されている間に、祭司ヒルキヤがモーセによる主の律法の書を見つけ、
34:15 書記官シャファンに、「わたしは主の神殿で律法の書を見つけました」と言った。ヒルキヤがその書物をシャファンに渡したので、
34:16 シャファンはそれを王のもとに届け、また王に報告をした。「あなたの僕たちにゆだねられた工事はすべて進行しています。
34:17 彼らは主の神殿にあった献金を取り出して、監督と工事担当者の手に渡しました。」
34:18 更に書記官シャファンは王に、「祭司ヒルキヤがわたしに一つの書を渡しました」と告げ、王の前でその書を読み上げた。
34:19 王はその律法の言葉を聞くと、衣を裂いた。
ヨシヤ王の時代、歴代の王たちに見向きもさず、荒れるにまかせてきた神殿の整備が行われることになり、その際、偶然、律法の書が発見されます。
そして、ヨシヤによる偉大な宗教改革がなされていくのですが、この律法の書がどこから見つかったのかということについては詳しく触れられていません。
もしかしたら、案外よく見えるところに置かれたままになっていて、誰もそれに触れようとしなかっただけなのかもしれないのです。
昨日、いろいろと調べものをする必要があったため、教会の屋根裏部屋を探索していました。
数十年分のほこりをかぶった書類の山。確かに、触れるのも嫌になるくらい、そのまま捨ててしまおうかと思うほどです。
しかし、勇気を出して(笑)少しずつ紐解いていくと、なんとなんと、教会の初期の頃の貴重な資料が次から次へと出てきます。
地方にある一教会の屋根裏部屋ですら、これほど面白いものが出てくるのですから、教団本部の倉庫や、歴史のある教会の物置を探ってみたくなります。
そんな中、数十年も前の資料に書かれている事柄に注目してみると、現代の抱える問題と何ら変わりないことや、それに対し、あくまで、純粋な聖書信仰を持って取り組もうとしている姿勢がうかがえます。「衣を裂く」とまではいかなくても、はっきり言って、感動します。
様々な問題を抱え、悩み、格闘しながら、それでも宣教しようとする教会にあって、同じような悩みを抱え、信仰を持って立ち向かい、乗り越えてこられた諸先輩方の証を学ぶことは、大変有益なことであると思います。さらに遡って、宗教改革の時代、純粋な聖書信仰に従って行き続けたルターやその他の改革者たち、あるいは、もっと遡って、パウロや初代教会の時代、そして、本日のテキストで取り上げられているような、ヨシヤ王や多くの旧約の時代の預言者たち、そのいずれもが、純粋な聖書に対する信仰を守り続け、歩み続けてきたことを思うとき、私たちがなすべきことは、既に聖書に記されていると言えるでしょう。
歴代誌下34:29 そこで王は人を遣わして、ユダとエルサレムのすべての長老を集めた。
34:30 王は、ユダのすべての人々、エルサレムの住民、祭司とレビ人、老いた者から若い者まで、すべての民と共に主の神殿に上り、主の神殿で見つかった契約の書のすべての言葉を彼らに読み聞かせた。
34:31 それから、王は自分の場所に立って主の御前で契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り、この書に記されている契約の言葉を実行することを誓った。
34:32 王はエルサレムとベニヤミンにいるすべての者に誓わせた。エルサレムの住民は先祖の神、その神の契約に従って行動した。
34:33 ヨシヤはイスラエルの人々のすべての土地から忌むべきものを一掃し、イスラエルにいるすべての者をその神、主に仕えさせた。彼が生きている間、彼らは先祖の神、主に従う道からはずれることはなかった。
いつの時代も変わることのない命の言葉、聖書に聞き、聖書に従う者でありたいものですね。